恐る恐る(のぞ)き込んだ鏡の中、非常に腰がひけた様子で見返してきたのは、やはり真っ白な毛皮の、リスのような小動物。ピンと立った大きな耳。フッサフサの尻尾(しっぽ)。大きくつぶらな黒い瞳。
 かっこいいというよりも、愛らしい姿。成人男性だったオレの面影(おもかげ)なんて、どこにもありやしない。
 オレの気分の落ち込みを反映して、耳も尻尾(しっぽ)もヘニョリと垂れ下がった。この体、感情を(かく)すこともできないようだ。
 オレはますます落ち込んだが、状況はいつまでも放っておいてはくれなかった。上の方で空気が動き、モヤの密度が増したのを感知して、反射的に飛び退()く。鏡のあったところに、今は大きな鳥の(あし)があった。
() わ れ る)
 一瞬にして辿(たど)り着いた結論に、頭の中は恐怖しかなく。
 どこへ逃げれば良い? このやたらと目立つ、白い体で? いっそ、(たお)れる? 死んだフリで誤魔化(ごまか)されてくれる相手?
 グルリグルリと思考が(おど)る。グラリグラリと視界が回る。
 大きな鳥と思っていた相手はまさかのグリフォン。ただ、オレが(つく)り出した鏡を(つつ)くのに夢中な様子。どうやらオレ自身には興味がない?
 そろりと一歩、もう一歩。ああ、ダメだ。この四つ足の獣の体の使い方が、もうわからない。どうやってオレは後退すれば良い?
 ギロッと、琥珀色(こはくいろ)の瞳がこちらを(にら)んだ。一気に全身総毛立つほどの、肉食獣の風格に、オレの意識は耐えられなかった。

1-07【思っていた以上に、夢の中は容赦ない】