終章:新しい生活
屍蔓の森の専門家
テリトリー
智樹、結界内をテリトリーとする冒険者になった。
あの森——癒蔓たちの森。 他の冒険者が近づかない、危険地帯とされていた場所。
でも智樹には、危険じゃない。
同族がいるから、襲われない。 ユキがいるから、仲間だと認識される。
森の奥まで入れる。 誰よりも深く、誰よりも安全に。
依頼
最初は協会も半信半疑だった。 でも、実績が積み重なっていく。
- 迷子の救助
- 希少薬草の採取
- 結界内の調査
依頼達成率が、異様に高い。
「屍蔓の森の依頼、智樹に任せれば間違いない」 「あいつ、森の中のこと全部分かるらしい」
森の声
ユキの成長
共生が続くにつれ、ユキの知性は戻り続けている。
幼子程度だったのが、少しずつ—— 言葉を理解し始めている。 智樹の「声」に反応するようになっている。
そして、新しい能力が現れた。
植物の声
ユキが、森の植物たちと「話せる」ようになった。
……あっちに、みず、ある。 こっちは、きけん、ちかづかないで、って。 あのき、ひとがとおった、きのう。
智樹に伝わってくる。 森の情報が、ユキを通して流れ込んでくる。
迷子救助
だから、迷子の救助ができる。
森に迷い込んだ人間。 普通なら見つけられない。屍蔓の生息域に入ったら、捜索隊すら危険。
でも智樹なら。
ユキ、誰か迷い込んでないか?
……いる。あっち。こわがってる。
森の植物たちが教えてくれる。 智樹が駆けつける。 屍蔓たちは、智樹を通してくれる。
「た、助けに来てくれたんですか……!」 「協会から依頼を受けた。ついてきて」
希少薬草の採取
皮肉な話
最初に智樹が見つけた薬草の群生地。 先輩冒険者に襲われる原因になった場所。
今は、智樹の管轄だ。
……あの時は、ここで死にかけたんだよな。 今は、ここで仕事してる。
皮肉な話。でも、悪くない。
採取
希少薬草の採取依頼が多い。 他の冒険者では危険すぎる場所にある薬草を、智樹なら安全に採れる。
ユキが教えてくれる。
あそこに、くすり、ある。 でも、とりすぎないで。また、はえてくるように。
森と共存する採取。 乱獲しない、必要な分だけ。
ユキは森の一部だから、森を傷つけたくない。 智樹もそれに従う。
日向ぼっこ
目撃例
結界の近くで、智樹の目撃例が出始めた。
「屍蔓憑きの人、見たよ」 「何してた?」 「……日向ぼっこ」
ある日の光景
結界の境界近く、日当たりの良い岩場。
智樹が座っている。 蔦が広がって、葉が日を受けている。 目を閉じて、穏やかな顔。
通りがかった冒険者が、遠目に見た。
……なんか、平和だな。 怖いって聞いてたけど、あれ見ると拍子抜けする。
噂
「屍蔓憑きの人、なんか平和だった」 「日向ぼっこしてたって」 「植物かよ」 「植物だよ、半分」
良い意味で、拍子抜けする存在。 恐怖の対象から、「ちょっと変わった冒険者」へ。
篤司の訪問
定期訪問
篤司が定期的に様子を見に来る。
保護観察の担当として。 社会的後見人として。 そして——それだけじゃなく。
いつものやり取り
「飯食ったか」 「食べました」 「肉か」 「肉です」 「光合成は」 「……してきました」 「日向ぼっこの目撃情報、また増えたぞ」 「……すみません」 「謝ることじゃない。平和でいいって評判だ」
報告
智樹がこの期間の活動を報告する。 依頼の達成状況、森の様子、ユキの状態。
篤司がメモを取る。 協会への報告用。
でも、形式的なやり取りだけじゃない。
「体調は?」 「問題ないです」 「困ってることは」 「……特には」 「何かあったら言えよ。遠慮するな」 「……はい」
関係の変化
最初は「監視役と監視対象」だった。 今は——何だろう。
上司と部下? 違う。 保護者と被保護者? それも少し違う。
「篤司さん、今日はもう帰るんですか」 「ああ。次の依頼があるからな」 「……気をつけて」 「お前に言われるとはな」
軽口を叩ける関係。 対等とまではいかないけど、信頼がある。
智樹にとって、初めての——頼れる大人、かもしれない。
ユキとの日常
朝
朝、目を覚ます。 ユキが巻きついている。夜の間、ずっと一緒にいた。
おはよう、ユキ。 ……おはよう。
言葉じゃない。感覚で伝わる「おはよう」。
水を飲む
台所で水を飲む。 がぶがぶ飲む。もう習慣。
ユキが満足する。智樹も満足する。 境界が曖昧になってきている。
食事
肉を食べる。 ユキに栄養が流れる。
おなかいっぱい。 うん、俺も。
日向ぼっこ
天気が良ければ、日向ぼっこ。 窓辺でも、外でも。
ユキが葉を広げる。 智樹は目を閉じる。
きもちいい。 ……そうだな。
ユキの「きもちいい」が流れ込んでくる。 もう、自分の感情との区別がつかない時がある。
夜
夜、眠る。 ユキが巻きついてくる。あたたかい。
おやすみ、ユキ。 ……おやすみ。
名前のこと
ある日の会話
篤司が聞いた。
「そういえば、その植物——ユキ、だったか」 「どういう字を書くんだ」 「……決めてないです」
漢字を決めない理由
「癒希、かもしれない。癒しの癒に、希望の希」 「友樹、かもしれない。友達の友に、樹木の樹」 「幸、かもしれない。幸せの幸」 「雪、かもしれない。出会った時、雪が降ってたから」
篤司、黙って聞いている。
「全部の意味があるから、決められない」 「だから、カタカナのまま」 「ユキは、ユキです」
名前の対比
「俺の名前、智樹って書くんですけど」 「共に生きる、って読めるんですよね。友達の友に、生きるで、共に」
篤司、少し考えて——
「共に生きる智樹と、共に生きていくユキ、か」 「……そうです」
ユキの反応
智樹から、その会話が流れてくる。
ユキ、ゆき。 いろんないみがある。 このひとが、つけてくれた。 このひとと、いっしょにいきていく。
すき。
ある依頼の日
迷子救助
依頼が入った。子供が森に迷い込んだらしい。
智樹、すぐに結界へ向かう。
ユキ、子供がいるらしい。分かるか? ……まって。きいてる。
森の植物たちに聞いている。
……いた。あっち。ないてる。こわがってる。
救助
駆けつける。 小さな子供が、木の根元でうずくまっていた。
屍蔓が周りにいる。 子供は怯えている。でも、屍蔓たちは襲っていない。 智樹が来るまで、待っていたみたいに。
「大丈夫、助けに来たよ」
智樹が手を伸ばす。 子供、智樹を見て——蔦を見て——また怯える。
「……怖くないよ。こいつは、ユキ。俺の友達」
ユキが、そっと子供に近づく。 怯えさせないように、ゆっくり。
葉っぱを一枚、差し出すみたいに。
子供、おそるおそる触る。
「……やわらかい」 「だろ? 怖くないよ」
帰り道
子供を背負って、森を出る。 屍蔓たちが道を開ける。
子供が智樹の背中で言う。
「おにいちゃん、植物なの?」 「……半分、かな」 「へんなの」 「そうだな、変だよな」
ユキが子供の頭を撫でようとする。 智樹が止める。
まだ早い。怖がらせるぞ。 ……ざんねん。
引き渡し
結界の外で、親が待っていた。 子供を引き渡す。
親、智樹を見て——複雑な顔。 感謝と、恐怖と、困惑が混ざっている。
「……ありがとうございました」 「いえ。依頼ですから」
子供が手を振る。
「ユキ、ばいばーい!」
ユキが葉を揺らす。手を振り返しているつもりらしい。
智樹、少し笑う。
終章の終わりに
智樹の今
屍蔓憑き——癒蔓の共生者。
最初は絶望だった。 パニックで、恐怖で、自分が何になったのか分からなくて。
今は——
悪くない、と思う。 ユキがいる。篤司さんがいる。 居場所がある。仕事がある。 誰かの役に立てている。
化物になったはずだった。 でも、化物じゃなかった。
俺たちは、共に生きている。 これからも、そうやって生きていく。
ユキの今
ずっと待っていた。 怖がらずに受け入れてくれる者を。
見つけた。 このひと——智樹。
いっしょにいる。 いっしょにいきる。 このひとが、すき。 これからも、ずっと。
最後の日向ぼっこ
ある日の午後。 結界の近く、日当たりの良い場所。
智樹が座っている。 ユキが葉を広げている。
穏やかな時間。 二人で——一人と一株で——日向ぼっこ。
きもちいいね、ユキ。 ……うん。
陰陽師が願った「いつか」は、こんな形で叶った。
物語の終わりに
名前の意味
共に生きるから「ともき」。 共に生きていく「ユキ」。
癒蔓の子——それは、智樹のことでもあり、ユキのことでもある。
傷ついた者を癒し、共に生きる。 それが、癒蔓の本質。 それが、二人の在り方。
了