「花吐き病が流行ってる、ねえ」
 ネットのトレンドを眺めてたら、そんな言葉がチラホラと目についた。多分、十年ちょっと前にも、似たような創作が流行ってた気がする。

 花吐き病って確か——片想いがこじれると胸の奥から花が咲いて、それを吐いて、最後には自分の吐いた花に埋もれて窒息死するっていう、まあ要は「失恋=死」っていうポエムみたいなネタだったっけ?
 当時は漫画も小説も、下手したら一枚絵のイラストだって、みんな競うように花を吐かせていた。儚いだの、痛ましいだの、そういう言葉に酔ってたんだろう。
 吐いた花の花言葉が云々カンヌン、花を切除すると記憶が云々カンヌン。
 あたしにとっちゃ、現実感ゼロの作り話でしかなかったけれど。
 
 そこまで考えて、思わず鼻で笑ってしまった。そりゃ確かに流行ってループしがちなものだけど、だとすると、これはない。
 前回の流行からたった十年ちょっとしか経っていない、まだ再利用しにくい創作の亡霊を引っ張り出して、流行とか——ちゃんちゃら可笑しいってもんだ。

 今回はコスプレ界での流行か?
 ちょっと今更感というか、乗り遅れてる感がすごいけれど、投稿に添付されていたファイルはイラストではなく写真だった。花を吐く青年の写真。
 耽美というには青年の表情が苦しそうすぎたし、そもそもの花を吐くという絵面が非現実的すぎたけれど、写真そのものはシチュエーションがありえないことを除けば凄まじい存在感を放っていて、なるほど話題に上るのも理解できなくはない。

「うわあ、これ見てみなよ。口から花を吐くシーンの写真。どう見ても造花だよな」
 画面を同棲しているパートナー、詩織に向ける。詩織は医師だから、これが如何に馬鹿げている話か、きっと一緒に笑ってくれるだろうと思って。
 なのに、リビングの机に本を広げていた彼女はチラリとこちらを見ると小さく首を振っただけで、何も返してこなかった。

 沈黙が妙に重い。軽口で返してくれれば良かったのに。
「なに、その顔」
 問いかけても、詩織は黙ったまま、机の上に広げていた本に視線を戻した。
 ——変だ。いつもの詩織なら、あたしの軽口に呆れ顔で「仕事に戻りなさい」とか何とか言うはずなのに。
 伏せられた顔はあたしを見てなくて、触れちゃいけないものに見えて。
 あたしは結局、何も言えなかった。

第一章 病棟に咲く(詩織)