塗香の老舗香舗
塗香を扱っている店を並べてみると、どこも江戸時代以前か江戸初期の創業ばかりだということに気づく。これは偶然ではない。
なぜ塗香を扱う店は老舗ばかりなのか
塗香というジャンル自体が「老舗フィルター」として機能している——という構造的な理由がある。
密教法具としての出自。塗香は真言宗・天台宗の寺院で日常的に使われる消耗品であり、寺院との長期的な取引関係がなければ商売として成り立たない。各宗総本山の御用を務めるような信頼は、一朝一夕では築けない。
原料の調達ネットワーク。塗香の原料は香木と漢方生薬で、これはかつて薬種問屋が扱っていた素材と完全に重なる。堺や京都の薬種問屋ネットワークと地続きで発達してきたジャンルだからこそ、その流通基盤を持つ老舗が自然と担い手になった。
規制素材の継続確保。たとえばインド・マイソール産の老山白檀は、インド政府による伐採規制で入手が年々難しくなっている。長年の取引関係と在庫の蓄積がなければ、最高級グレードの素材を安定的に使い続けることはできない。
つまり、塗香売り場はお香の世界の最深部に近い場所で、そこに店を構えていること自体が長い歴史の証になっている。
老舗香舗一覧
創業順に並べる。塗香を扱っていることが確認できた店を中心に。
香十(こうじゅう)
- 創業: 1575年(天正年間)
- 所在地: 銀座(京都発祥)
- 背景: 清和源氏・安田義定の末裔、安田又右衛門源光弘が京都で創業。御所御用を務めた香司名跡。二代目は秀吉に、四代目は家康に召されたと伝わる
- 特徴: 450年の歴史を持つ。第八代十右衛門が多くの銘香を創り「名人」と呼ばれ、以降代々十右衛門名を襲名。2025年に創業450年を記念して平安時代の「六種の薫物」を復元した
- 公式サイト
薫玉堂(くんぎょくどう)
- 創業: 1594年(文禄3年)
- 所在地: 京都・西本願寺前
- 背景: 日本最古のお香屋として知られる。宮中に伝わる秘伝の調合法を受け継いでいる
- 塗香の特徴: 「白檀」(990円)と「老山白檀」(1,980円)の2種展開。老山白檀はインド・マイソール産最高級グレードを使用。単体か調合かは非公開(代々の調香帳は門外不出)だが、白檀の柔らかな甘さが前面に出た香り。お寺さん用の塗香と一般用の塗香は別ラインナップ
- 店舗の雰囲気: 西本願寺の目の前。店頭と入口でお香を焚いており、近づくだけでいい香りが漂う。1階はお寺さん用の品揃えで薄暗く重厚、入るのに勇気が要る。2階が一般向けでやや明るいが、階段は1階の奥
- 公式オンラインストア
梅栄堂(ばいえいどう)
- 創業: 1657年(明暦3年)
- 所在地: 大阪・堺
- 背景: 香木輸入の中心地だった堺で、室町時代に薬種問屋として始まる。「沈香屋作兵衛(沈作)」の屋号で知られ、明治に「中田梅栄堂」に改称。各宗総本山の御用を受ける
- 塗香の特徴: 老山白檀・沈香・丁子・桂皮の王道配合。スパイシーで芯のある香り
- 公式サイト
鳩居堂(きゅうきょどう)
- 創業: 1663年(寛文3年)
- 所在地: 京都本店(寺町)・銀座本店
- 背景: 薬種商として京都で創業。お香と和文具の老舗として広く知られる。銀座の鳩居堂は地価公示で長年日本一を記録した場所としても有名
- 塗香の特徴: 2種類の塗香を取り扱い
- 店舗の雰囲気: 京都本店は建物が2棟に分かれており、片方はお香・書道具・顔彩まで店内がキツキツに詰まっている。紙文具の印象が強いが、お香の品揃えもしっかりある。観光客が多い
- 京都本店案内
松栄堂(しょうえいどう)
- 創業: 享保年間頃(約300年前)
- 所在地: 京都・烏丸二条(本店)、全国9店舗
- 背景: 京都で約300年続く香の老舗。薫習館(くんじゅうかん)という体験型施設を本店隣に併設しており、お香づくりの工程を見学できる
- 塗香の特徴: 甘めでお菓子のような柔らかい香り、という評が多い。極品・上品などグレード違いあり
- 店舗の雰囲気: 大きな通りに面しており、薫習館と合わせて間口が広い。外国人を含む観光客向けの入りやすさがあり、京都でお香を買う最初の一歩には最適
- 公式ショップ
山田松香木店(やまだまつこうぼくてん)
- 創業: 1772年(明和〜寛政年間)
- 所在地: 京都・御所近く(丸太町通)
- 背景: 薬種業から香木専門店に転身。香木そのものへのこだわりが強く、聞香(もんこう)の実践体験も提供している
- 塗香の特徴: 涼やかな香り
- 店舗の雰囲気: 場所はちょっと奥まっているが、品揃えが圧巻。練香・お線香・匂い袋の手作りキット、原料の姿と香りを再現したお線香セット(バラ・全種セットあり)、香木の板3種セット(白檀・沈香・伽羅)、電気香炉まで揃う。壁一面の香木の引き出しが壮観。入門から香木沼まで一本道で整備されている、和の香りの総合案内所のような店
- 公式サイト
高野山大師堂(こうやさんだいしどう)
- 創業: 不詳(高野山の老舗)
- 所在地: 和歌山・高野山
- 背景: 高野山奥之院で実際に使われているものと同じ調合の塗香を製造・販売している。日本国内の自社工場製造
- 塗香の特徴: スパイシーでスッキリした、お寺らしい香り。極上塗香は五香の基本に忠実な経典準拠の調合
- 公式オンラインショップ
香りの傾向マップ
大まかな傾向を整理すると、こんな軸が見えてくる。
- 甘い ←→ スパイシー: 松栄堂(甘め)—— 梅栄堂・高野山大師堂(スパイシー)
- 涼やか ←→ 温かみ: 山田松(涼)—— 梅栄堂(温)
ただし実際の印象は個人差が大きいので、できれば店頭で試してから選びたい。京都なら薫玉堂・松栄堂・山田松・鳩居堂が徒歩圏内に収まるので、一日で梯子して聞き比べることもできる(実際にやった。体力は尽きる)。
ソース
- 香十の歴史(公式) — 創業からの沿革
- 香十 創業450年記念プレスリリース — 六種の薫物の復元
- 梅栄堂 歴史と取り組み(公式) — 堺での創業経緯
- 山田松香木店(京都ジョブナビ) — 創業年と事業内容
- 高野山大師堂 極上塗香 — 五香調合の詳細
- 京都のお香屋さん巡り(note: Akiko) — 京都の香舗訪問記
- 塗香を色々試してみた(note: nil) — 複数ブランドの香りの比較レビュー
- 塗香おすすめランキング(マイベスト) — 2026年版の比較・評価
最終リンク確認: 2026-04-21(大手除外)