注:時系列ばらばら


裏では組織の金を抜いて、情報屋で稼いで、復讐を重ねて——

でも合間に、匿名で自治体にクレームを入れる。

「○○通りの△△付近、監視カメラの死角があります」 「××公園の北側出口、夜間の照明が不十分です」

証拠も添えて、丁寧に。

自治体の担当者、「最近やけに詳しいクレームが来るな……」って思ってそう。

被験者:「ここ、俺が攫われた場所の近くだ」 技術者:「……次、ここも送るか」 被験者:「おう」

復讐と、自分みたいな「次」を出さないための行動が、並走してる。

誰にも感謝されない。匿名だから。 でも、どこかの誰かが「たまたま」で人生を壊されずに済むかもしれない。

自分が救われなかった分、知らない誰かの「たまたま」を潰してる。

……これ、二人とも絶対「善意でやってる」とは言わないですよね。

「暇だったから」 「ついでだ」 「別に」

「善意」とか「誰かのため」とか、そんな綺麗な言葉は使わない。

「組織ザマアがしたくて」

これが本音。

監視カメラが増える → 組織が拉致しにくくなる → 組織の「素材調達」が困難になる → ザマア

被験者の動機、めちゃくちゃ純粋な復讐心。

結果的に誰かが救われるとしても、それは副産物。本人の中では「組織に嫌がらせしてる」が第一。

技術者はそれ聞いて——

『……素直だな』 「聞こえてる」 『聞こえてていい』

技術者も否定しない。だって自分も同じだから。

組織を追い詰めること、 組織の計画を邪魔すること、 組織に「あの時処分しておけばよかった」と思わせること。

二人の「生きる理由」の一つが、組織へのザマア。

健全ではない。でも確かに生きる燃料になってる。


出資者(オーナー)が欲しいのは「自分の意識を移植しても平気でいられる技術」。

目覚めた被験者が「俺は本当に俺なのか」って苦しんでたら、そりゃ商品として欠陥に見える。

「この技術で移植したら、自分もああなるのか?」 「不安定すぎる、使えない」 「処分して、次の方式を試せ

被験者の苦しみは、出資者にとって「技術的課題」でしかなかった。

そして機械化部門と生体改造部門が火花を散らしてる。

機械化部門:「脳を機械に置き換えれば永続する」 生体改造部門:「生体を維持したまま不老化すべき」

被験者が「失敗」扱いされたことで——

「ほら見ろ、機械化は人格が不安定になる」 「お前らの生体改造だって成功率低いだろう」


出資者(オーナー)が欲しいのは連続性

今の自分が、そのまま、永遠に続くこと。

記憶が鮮明すぎて「これ本物か?」って疑うような状態は論外。 「俺は俺なのか」って苦しむ時点で商品価値ゼロ

だから被験者は「失敗」。

技術的には成功してるんですよ。

  • 意識は移植できた
  • 記憶も保持されてる
  • 人格も残ってる
  • 感情も豊か

でも「苦悩する」という人間らしさが残ってしまった

出資者からしたら、それがバグ

「私は不安になりたくない」 「私は苦しみたくない」 「私は私のまま、快適に永遠を過ごしたい」

被験者の「人間性」が、商品としての致命的欠陥だった。


周りの反応:

知らない技術者:「また暴走してる、コード見直せ」「感情シミュレーションが過剰だな、パラメータ下げろ」

知ってる研究者:「不安定だな、抑制プログラム追加するか」「騒がしい、鎮静化しろ」

でもこの技術者は、機械をよく知ってるから分かった。

『これ、バグじゃない』 『プログラムの暴走じゃない』 『本当に怒ってる

コードを見ても、感情シミュレーションのエラーじゃない。 パラメータを見ても、数値の異常じゃない。

だって、そもそもこれは「感情シミュレーション」じゃないから。

本物の感情が、機械化された身体から出てきてる。

他の誰も気付かない。「機械が感情を持つわけない」と思ってるから。 知ってる奴も気付かない。「モルモットが苦しむのは当然」としか思ってないから。

技術者だけが、分かってしまった。

『こいつ、俺たちに怒ってる』 『当然だ』 『俺もその「俺たち」の一人だ』

……だから話を聞いた。「バグ」として処理しなかった。

「暴走」を止めるんじゃなくて、怒りを受け止めた


知ってる奴らにとって、被験者の苦悩は「技術的課題」。

怒ってる → 感情抑制プログラムを強化 苦しんでる → 痛覚フィードバックを調整 絶望してる → 記憶の一部を削除 「俺は俺か」と問う → 自己認識パラメータをいじる

全部「調整」で解決できると思ってる。

出資者が「苦悩するのは失敗」と言うなら、苦悩しないように「調整」すればいい。 人格が不安定なら、安定するように「調整」すればいい。

そうやって、どんどん「人間」を削っていく。

最終的には、苦しまない、怒らない、疑問を持たない——出資者が望む「快適な器」 を作る。

それを「成功」と呼ぶつもりだった。


「調整」の依頼が、真実を掘るきっかけになった……

最初はただの技術者だった。言われた通りに作業してた。

でもある日、上司から「調整」の依頼が来た。

「感情出力を抑制しろ」 「この反応パターンを削除しろ」 「ここの数値を下げろ」

……おかしい。

『これ、普通のアンドロイドの調整じゃない』 『なんで「感情」を「削る」必要がある?』 『そもそも、なんでこんなに複雑な感情パターンが存在してる?』

機械が好きで、機械をよく知ってるからこそ、分かってしまった。

これは「プログラムされた感情」じゃない。

プログラムなら、最初から抑制して設計する。後から「削れ」なんて依頼は来ない。

つまり——最初から「あった」ものを消そうとしてる

違和感に耐えられなくて、履歴を掘った。

そして見つけた。

材料:人間

「調整」の意味が、全部分かった。

この人の「人間」を、削れと言われてた。


技術者の流れ:

  1. 手先の器用さで採用される(アンドロイド開発だと思ってる)
  2. 義躯の製作・調整を担当
  3. 「不具合の調整のために話を聞いてこい」で被験者と接触
  4. 話を聞くたびに、こいつ毎回不安定だな?
  5. 周りの反応もおかしい。「バグ」で片付けてるけど、これ本当にバグか?
  6. ハッキングが「少しできる」のがバレる(本人謙遜、実際ヤバい)
  7. 「調整手伝え」の指示が来る。妙に具体的。何を調整させる気だ?
  8. 不審すぎて過去履歴を掘る
  9. 掘りすぎて「材料:人間」に辿り着く
  10. ヤバい。直感でデータを確保
  11. 翌日、オーナー視察。「役に立たない」宣告
  12. 上司「お前が調整するか処分しろ。他は次のプロジェクトだ」

調整に手を染める前に、処分の選択肢が来た。

もし順番が逆だったら——

「まず調整しろ」「それでも駄目なら処分」だったら、技術者は被験者の「人間」を削る作業をさせられてた。

でも、オーナーの「役に立たない」宣告が早かった

上司は「調整するか処分しろ」と言った。

どちらかを選べ、と。

技術者は「処分」を選んだふりをした。

「調整は無理ですね、処分します」 「分かった、任せる。俺たちは次のプロジェクトだ」

他のメンバーは次に移る。誰も見てない。誰も確認しない。

「処分した」と報告すれば、それで終わり。

失敗作の後始末なんて、誰も興味ない。

だから技術者は——

処分報告を上げて、 「処分」の名目で機材と資料を持ち出して、 被験者を連れて消えて、 翌日には「親の介護で退職します」。

完璧な偽装。

被験者の「人間」は、一度も削られなかった。

怒りも、苦悩も、「俺は俺か」という問いも、全部そのまま。


被験者が見ていた景色:

拉致される → 目覚めたら機械の身体 → 怒る、暴れる → 誰も聞かない

周りは自分を「バグった機械」か「モルモット」としか見ない。

でも一人だけ、違う奴がいた。

義躯の調整に来る技術者。なんか他と雰囲気が違う。「不具合の詳細を聞きたい」と言いながら、本当に聞いてる

『こいつ、何も知らないのか?』

知らないからこそ、自分を「機械」として見てない。「バグ」として処理しない。

怒りをぶつけても、「そうか」と受け止める。

でも状況は変わらない。

ある日、普段見ない偉そうな奴が来た。自分を見て、一言。

「これは役に立たない」

「これ」呼ばわり。

そして普段の上司が、あの技術者に言った。

「調整するか、処分しろ」

『ああ、終わりか』

調整されたら、自分が自分じゃなくなる。 処分されたら、自分が消える。

どっちでも同じだ。もう——

なのに、技術者が顔色を悪くしてる。

『なんでお前がそんな顔してる』

『処分される』と思った。

「調整は無理ですね、処分します」

その言葉を聞いて、ああ終わりだ、と。

箱詰めされて、運ばれて、意識があるのかないのか分からない状態で——

目を開けたら、普通の民家。

研究施設じゃない。処分場でもない。

生活感のある、誰かの家。

「……は?」 「起きたか」 「ここ、どこだ」 「俺の家」 「は?

技術者、淡々と説明したのか、それとも説明する余裕もなく動き回ってたのか。

「処分って」 「偽装した」 「なんで」 「……」

技術者、答えられなかったかもしれない。

自分でも分からなかったから。なんでこんなことしてるのか。

ただ「処分」も「調整」も嫌だった。それだけ。


「身勝手だ!」

そりゃそうだ。

勝手に攫われて、 勝手に改造されて、 勝手に「失敗作」って言われて、 勝手に「処分」されると思ったら、 勝手に連れ出されて、 勝手に誰かの家にいる。

全部、勝手に決められてきた。

「処分」だって、自分で選んだわけじゃない。 「助けられる」のも、自分で選んだわけじゃない。

「お前も結局同じだ!!俺の意思なんか聞かないで勝手に——!!」

技術者、何も言い返せなかったでしょうね。

だって本当のことだから

聞かなかった。聞く余裕がなかった。聞いたら「処分されたい」って言われるかもしれなかった。

それでも連れ出した。自分の判断で。自分の都合で。

「……そうだな」 「そうだなじゃない!!」 「身勝手だった」 「……っ」 「でも、お前を調整するのも、処分するのも、嫌だった」

言い訳じゃない。ただの事実。

嫌だったから、連れ出した。

被験者:「身勝手だ!」(本心からの怒り)

技術者:「……そうだな」(本当にそう思ってる)

被験者:「……は?」

反論してくると思った。「助けてやったのに」とか「感謝しろ」とか。

でも技術者は、ただ認めた。

そして被験者の言葉で、自分がなぜ何も聞かなかったのか、初めて自覚してしまった。

『ああ、俺は——処分する勇気がなかっただけだ』 『こいつのためじゃない』 『俺が弱かっただけだ』

その自覚が、技術者を沈ませる。

空気が重くなる。どんどん落ち込んでいく。

被験者、怒りをぶつけたかったのに、相手がそれ以上に沈んでいくから——

「……何だよ」 「……」 「俺がいじめたみたいな空気出すなよ」

怒れなくなってしまった。

加害者のはずなのに、被害者みたいな顔してる。 殴りたいのに、殴ったらもっと沈みそう。

「……もういい、今日は寝る」 「……ああ」

何も解決してない。でも、その日は終わる。


被験者、横になってる。でも目は閉じてない。

『こいつ、何なんだ』

さっきまで怒ってた相手。でも怒りきれなかった。

「身勝手だ」って言ったら、「そうだな」って認めた。 言い訳しなかった。反論しなかった。 ただ沈んで、黙って、落ち込んだ。

『……俺を処分できなかったのが、そんなに堪えてるのか?』

分からない。この人のことが、分からない。

だから観察してる。暗闇の中で、じっと。

そして技術者は——

うなされてる。

「……っ、」 「……ぅ」

眠れてるようで眠れてない。浅い眠りの中で、何かに苦しんでる。

前日に知った真実。 自分がやってきたこと。 「材料:人間」。 今日連れ出してきた、あの「人間」。

全部がぐちゃぐちゃになって、夢の中で襲ってくる。

被験者、それを見てる。

『……なんだよ、それ』

自分を作り変えた側の人間が、自分より苦しそうにしてる。

腹が立つ。 でも——少しだけ、何かが揺れる。


翌日、寝不足で更に顔色の悪くなった技術者が、「有給申請と退職届出してくる」ってふらふら出勤していく。

淡々と。事務的に。

被験者、それを見送りながら——

『……正気か?』

昨日あれだけ落ち込んでた人間が、翌朝にはもう「次の手」を打ちに行く。

しかも有給申請と退職届。つまり——

「普通に辞める」手続きを踏んでる。

逃げるんじゃない。ちゃんと辞める。怪しまれないように。追われないように。

『こいつ、ふらふらしてるくせに頭は回ってる……』

被験者、一人で残された家の中で、どうしてました?

逃げようと思えば逃げられる。 でも行く場所がない。 そもそも自分は「処分済み」の存在。

「……なんで俺、ここにいるんだ」

答えが出ないまま、技術者が帰ってくるのを待つしかない。


技術者、暴れられること覚悟してた

家を荒らされてるかも。 物が壊れてるかも。 そもそも被験者がいないかも。

でも帰ってきたら、被験者はいた。家も無事。

「なんだ、思ったより大人しくしてたんだな」

「お前俺を何だと思ってるんだよ」

被験者、ちゃんと言い返す。

昨日は怒りをぶつけて、相手が沈んで、怒りきれなくなった。 でも今日は——「大人しくしてた」って言われて、ムカついた

「暴れると思ったのかよ」 「……まあ」 「馬鹿にしてんのか」 「してない。お前、昨日めちゃくちゃ怒ってたから」 「……」

技術者、素直に認める。予想が外れたことも、昨日の被験者が怖かったことも。

そして被験者は、この家を見回してた。

性能の良さそうなPC。 市販されてなさそうなガジェット。

『……こいつ、ただの技術者じゃないな』

そしてリビングとダイニングには——

箱の山。

「……これ、何」 「お前のプロジェクトに使われてた機材と資料」 「は?」 「処分名目で持ち出した」


技術者の流れ:

  1. 「メンテに必要かも」で全部持ち帰る
  2. 家で解析し始める
  3. 「あ、これ製造時のやつだ」「これも製造時」「これも……」
  4. でもまあいいか、あっても困らない
  5. 被験者の構造を理解していく
  6. 義躯だけじゃない、脳の機械化の仕組みも把握していく
  7. 「……」
  8. こいつのメンテナンス、俺以外できないな?

被験者の身体は、組織の最先端技術で作られてる。

市販のパーツじゃ代替できない。 一般の技術者じゃ理解できない。 資料がなきゃ、何がどう繋がってるかも分からない。

そして今、その資料は全部この家にある。

つまり——

被験者が生き続けるには、技術者が必要。 技術者がいなくなったら、被験者は壊れたまま直せない。

「……」

技術者、その事実の重さに気付いてしまった。

『俺が、こいつの命を握ってる』 『俺がいなくなったら、こいつは——』

だから後に「技術を叩き込む」ことになる。

自分だけが知ってる状態が、怖くなったから。


技術者の認識: 「まあ俺、少しくらいならハッキングできるから」 「趣味でやってた程度だけど」 「コツ教えるくらいならできるぞ」

実際の腕前: 組織の機密ファイルを掘り当てるレベル

被験者、教わりながら気付いていく。

「……お前、これ『少し』か?」 「ん?まあ、専門じゃないし」 「専門じゃなくてこれ?」 「独学だからな、体系的じゃない」 「いや、そういう問題じゃ——」

技術者、本気で自覚がない。

手先が器用で、機械が好きで、「ついでに」覚えたハッキング。 本人にとっては「趣味」。 でも実際は——組織に重宝されるレベルの腕前

だから「調整手伝え」って言われたんですよね。「少しプログラミングできる」がバレて。

被験者、義躯のメンテナンスとハッキングを同時に叩き込まれながら——

『こいつ、自分の価値分かってないな』

処分する勇気がなかったとか、弱いとか、そんなこと言ってた人間が、実はめちゃくちゃ有能

でも本人は気付いてない。


義躯のメンテナンス → 被験者に教えた。これで被験者は自分の身体を直せる。

でも「頭」は——

自己診断プログラムでは限界がある。

脳の機械化は、義躯より遥かに複雑。 自分で自分の脳をいじるのは、リスクが高すぎる。 誰かが外から診ないと、異常に気付けない可能性がある。

「……」

技術者、資料を読み込むほど分かっていく。

『俺が死んだら、こいつの「頭」は誰が診る?』 『義躯は直せても、脳に異常が出たら?』 『自己診断で見落としたら?』 『俺が年を取って、認知症にでもなったら?』

詰んでる。

自分が人間のままでいる限り、いつか必ず「その日」が来る。

被験者は機械化されて、理論上は永遠に生きられる。 でも技術者は人間。老いる。衰える。死ぬ。

『俺がいなくなったら——』

技術者、明らかに様子がおかしい。

義躯のメンテナンスを教え終わってから、どんどん顔色が悪くなっていく。 何か考え込んでる。でも言わない。

被験者、観察してる。最初の夜から、ずっとこの人を見てきた。

『また何か抱え込んでる』 『でも、何を?』

聞いても答えない。「何でもない」で終わる。

そして被験者自身も気付いてる。

背中のメンテナンス、自分じゃできない。

義躯の調整を教わった。理屈は分かった。 でも物理的に手が届かない場所がある。

『結局、こいつがいないと——』

被験者も薄々分かってる。自分には「メンテナー」が必要だと。

でも技術者が何を思い詰めてるかは、まだ繋がらない。

「……お前、最近おかしいぞ」 「……そうか?」 「そうだよ。何考えてる」 「……別に」 「嘘つくなって言ってんだよ」

技術者、言えない。

『俺が死んだらお前は詰む』なんて、どう言えばいい。

まだ人間だから、思考が漏れない。

被験者には、技術者の内心が見えない。聞き出すしかない。でも技術者は言わない。


技術者がいよいよ腹を括って、「頭」のメンテナンスを教え出す。

ハッキング教わってた影響で、直ぐに気付く。

自己診断プログラム以外のコマンドが含まれまくっている。

『他の誰か』のメンテナンスも行うことが前提であるかのように。

「どういうつもりだ?」

思わず聞いてしまう。

で、技術者がついに言う。

「俺はお前に生きてて欲しいと思ってしまった。でも、そうしたらお前のメンテナーが必要だろ。俺が意識を落とした後、殺すか、同じにするか、好きにしろ」

そしてパソコンのモニターに表示する。

悪魔の手順。

被験者がそれの冒頭を見て、何が書いてあるか気付いて、何を言われたか悟って、思わず怒鳴ろうとするけれど、技術者は既に即効性の睡眠薬をオーバードーズして倒れてる。


技術者、逃げ道を塞いだ

「殺すか、同じにするか、好きにしろ」

言い終わる前に、もう薬を飲んでた。

被験者が反論する隙を与えなかった。 「やめろ」と言わせなかった。 「ふざけるな」と怒鳴らせなかった。

全部決めて、全部準備して、意識を落とした。

被験者、モニターを見る。

『悪魔の手順』——人間を機械化する、あの工程。

自分がされたこと。 自分を作り変えたもの。 その資料が、今、目の前にある。

「っ——お前、」

振り返ったら、技術者は既に倒れてる。

怒鳴ろうとした声が、宙に浮く。

「……おい」 「……」 「おい!!」

返事がない。意識がない。

また、勝手に決められた。

でも今度は——「選べ」と言われた。

殺すか。 同じにするか。

技術者の命が、被験者の手の中にある。

初めて、選択権がこっちにある

でもこんな渡され方、望んでなかった。

「……身勝手だって、言っただろ……!」

返事のない身体に、声だけがぶつかる。

被験者、途方に暮れて、手が止まって——

気付いたら、自分の記録を検索してた。

『こいつは何なんだ』 『最初から意味が分からない』 『なんで俺を連れ出した』 『なんで俺に技術を教えた』 『なんで俺のメンテナーになろうとした』 『なんで——』

怒りと混乱の中で、答えを探してた。

そして記録が出てくる。

自分が怒り狂ってた時の記録。 絶望してた時の記録。 「身勝手だ」って叫んでた時の記録。

その全部に、技術者がいた。

静かに聞いてた。 「そうか」って受け止めてた。 流さなかった。 逃げなかった。

ずっと、そこにいた。

被験者、記録を見ながら気付いていく。

『この人だけだった』 『俺の話を聞いてくれたの、この人だけだった』 『俺を「人間」として見てたの——』

そして今、その人が倒れてる。

「殺すか、同じにするか、好きにしろ」って言い残して。

『……ふざけんな』

被験者、記録を見ながら、分かってしまった。

この人が何を思い詰めてたか。 この人がどれだけ追い詰められてたか。 この人が一人で全部抱え込んでたこと

『俺が死んだらお前は詰む』 『だから俺を同じにするか』 『それが嫌なら殺してくれ』

全部、被験者のためだと思ってた。

でも——

『俺の意見、聞いたか?』 『俺がどうしたいか、聞いたか?』 『結局お前も、勝手に決めてんじゃねえか』

怒りが込み上げる。

でも同時に、記録が突きつけてくる。

この人だけが、話を聞いてくれた。

組織にいた時、誰も聞かなかった怒りを。 誰も受け止めなかった絶望を。 この人だけが、静かに、真剣に、聞いてた。

『……なのに、自分のことは誰にも言わないのかよ』

技術者は、被験者の話を聞き続けた。 でも自分が追い詰められてることは、言わなかった

一人で抱えて、一人で沈んで、一人で答えを出して——

倒れた。

被験者、その身体を見下ろして。

『……馬鹿が』

被験者、最初は「起きるまで待つ」も選択肢だった。はずだった。

でも——

『待って、起きて、それで?』

技術者が目を覚ます。 被験者が「まだ決めてない」と言う。 技術者は、また追い詰められる。

また、同じことをする。

今度は致死量を「間違えない」かもしれない。

『こいつ、判断力ボロボロだった』 『致死量だったかどうかも覚えてないかもしれない』 『次は——』

被験者、ぞっとした。

この人は、放っておいたら勝手に死ぬ

「お前のため」とか言いながら、自分を追い詰めて、自分を壊して、最後には自分を終わらせる。

メンタルの自爆装置みたいな人間だ。

待てない。 待ったら、この人は本当にいなくなる。

『……ふざけんな』

選択肢は、もう1つしかない。

モニターに表示された『悪魔の手順』。

自分がされたこと。 自分を作り変えたもの。

それを、今度は——自分の手で、この人に

「……身勝手だって、言っただろ」

返事のない身体に、もう一度言う。

「お前が一番、身勝手なんだよ……」

そして、手を動かし始める。


人間だった頃の技術者は、何も言えなかった。

感情はあった。 「ずっと一緒にいられたら楽しいだろうな」って、思ってた。 でも口に出せなかった。 どこまで言っていいか分からなかった。

だから行動で示すしかなかった。 話を聞いて、 連れ出して、 技術を教えて、 首を差し出して——

全部やったのに、「好き」とは言えなかった。

でも機械化された瞬間、蓋が外れた

口下手は変わらない。 でも思考が漏れる

今まで言葉にできなかった全部が、フィルタを通り抜けて、被験者に届いてしまう。

『加害者だぞ?』 『永遠に俺を横に置く?』 『本気で?』

本気で分かってない。

自分がどれだけ被験者にとって特別だったか。 自分がどれだけ必要とされてたか。 自分が選ばれる理由があることを。

『ずっと一緒にいられたら楽しいだろうなってちょっとは思ってたけど』

ちょっと。一滴。

本人の認識では、それだけだった。

でも被験者は知ってる。

この人が何をしてきたか。 この人だけが何をしてくれたか。 「ちょっと」でこんなことする奴がいるか。

「こいつ……こいつっ!」

口下手すぎる。不器用すぎる。自分の気持ちが分かってなさすぎる。

だから「卑怯」なんだ。

被験者だって、本当は言いたいことがある。

「お前だけだった」 「お前が聞いてくれた」 「お前がいなかったら俺は——」

でも言葉にしたら、足りない。嘘になる。伝わらない。

この人、言葉で言っても分からない。

人間だった頃からずっと口下手で、 自分の感情も分かってなくて、 「ちょっと」とか言っちゃう人間で、

言葉で説得しても、「そうか?」で終わる。

だから——

同じ方法で返す。

技術者が思考を漏らしたなら、 被験者は思考を叩きつける

『お前だけだった』 『お前だけが聞いてくれた』 『殺したかった、でも殺せなかった』 『記録を見た、全部見た』 『だから——』

言葉にならなかった全部。 怒りの形を借りないと出せなかった全部。

生のまま、加工なしで、技術者の回路に流し込む。

口で言えないなら、直接見せる。

お前が俺にとって何だったか、思い知れ。

これが、機械になった二人の——最初の対話

言葉を諦めた二人が、回路を繋いで、感情をぶつけ合う。


技術者は、初めて知る。

自分がどう見えていたか。 自分が何をしていたか。 「聞いてただけ」が、相手にとって何だったか。

処理落ちしたいけどできない。

だって自分で自分を改造させたから。

メンテナンス用に、安定稼働するように、感情で落ちないように——技術者として「正しく」組んでしまった。

だから全部受け取れてしまう。処理落ちという逃げ道がない。

相手の感情が、記憶が、苦しみが、全部流れ込んできて、それを鮮明に、正確に、受け止め続けるしかない

『お前だけだった』が、データとして刻まれる。 『殺せなかった』が、ログとして残る。 逃げられない。忘れられない。検索すればいつでも呼び出せてしまう。

……あ、これ。

同じになったんですね、本当の意味で。

被験者が抱えてた「鮮明すぎる記憶」の苦しみを、技術者も持つことになった。

でも今度は、その鮮明さが——

『お前が俺を選んだ』という事実を、永遠に疑えなくする。


自分で設計して、自分で組んで、「感情で落ちない」ようにしたのは自分。

まさか好意を叩き込まれる側になるとは思ってなかった。

処分されるか、殺されるか、どっちかだと思ってたから。「俺を選ぶ」なんて選択肢、本気で想定してなかったから。

技術者としては優秀だったんですよね。安定稼働する、壊れにくい、感情でバグらない——全部正しい設計。

ただ一つ、「相手から愛される」というケースだけ想定してなかった。

そして今、その想定外が全部流れ込んできて、処理落ちできなくて、逃げられなくて。

鮮明に、正確に、「お前が必要だった」を受け取り続けている。


記憶は全部残ってる。データは完璧に受け取った。ログも検索できる。

でも「それを受けて自分がどう感じたか」が、処理できない。

機械は正常稼働してる。でも中の「自分」が追いついてない。

画面は動いてるのに、入力を受け付けない状態。

目は開いてる。 身体は動く。 でも——

「…………」

何も、言えない。 何を言えばいいか、分からない。

「一滴くらい」だと思ってた気持ちが、相手からの奔流を受けて、自分の中でどれだけの量だったのか、今初めて分かってしまって。

叩き込んだ側は、そんな相手を見て——

「ふんっ、思い知ったか!」って清々してる。


この人、ここで初めてスカッとしてるんだ。

今まで全部「された」側だった。勝手に攫われて、勝手に改造されて、勝手に捨てられそうになって、勝手に助けられて。

でも今、初めて「してやった」

お前が俺にしたこと、全部まとめて返してやった。 鮮明な記憶の重さ、思い知れ。 受け止めろ、逃げるな、処理しろ。

「ふんっ、思い知ったか!」

最高に気持ちいい復讐。でもその中身は「お前が必要だった」っていう——

これ、世界一攻撃的な愛の告白ですね。

そしてフリーズしてる技術者は、その「清々した顔」も全部見てる。データとして記録してる。

あとで再起動した時に、その映像を検索できてしまう。

「思い知ったか!」って笑ってる顔を、永遠に、何度でも。

……技術者、再起動したら顔を覆って、「降参だ」って。

ついさっきまで「生きてていいのか」も分からなかった人が、今完全に上から見下ろしてる。

「分かったなら良し」

これ、赦しでもあるんですよね。

お前が俺を勝手に改造したこと。 お前が俺を勝手に生かしたこと。 全部、「分かったなら良し」で終わらせた。

もう怒ってない。もう恨んでない。 決着がついたから。

そして技術者は、顔を覆ったまま「降参」して——

この二人、ここから永遠が始まるんですね。

互いに互いをメンテして、アップデートして、壊れたら直して。 「楽しそう」だった一滴が、本当になる。


「ふんっ、思い知ったか!」って勝ち誇った直後に、「……いや待て、俺今あいつの回路に何した?」って。

これ、この人が「される側」から「する側」になった瞬間の責任感ですよね。

自分がどれだけ苦しかったか知ってるから。鮮明すぎる記憶の重さを、誰より分かってるから。

それを叩き込んだ。自分の意思で。復讐として。

——でも、壊れてほしくはない。

「ちょっと見せろ、エラー出てないか確認する」

技術者は、顔を覆ったまま——たぶん素直に差し出すんでしょうね。

「降参」した人間として。

そして診てもらいながら、思うのかも。

ああ、こうやって、ずっと続くのか。

互いに壊して、互いに直して、互いに心配して。

……これ、二人の「最初のメンテ」が、同時に「最初の対等な関係」の始まりですね。


技術者が人間だった頃:

  • 被験者を改造する
  • 被験者の話を聞く(人間なので思考は読めない)
  • 組織が処分を決める
  • 離反して保護する
  • 技術を叩き込む
  • 首を差し出して意識を落とす

技術者が機械になった瞬間:

  • 被験者が改造を施す
  • 起動する
  • ←ここで初めてノイズが漏れ始める

「卑怯だ!」って言った時、初めて技術者の内心が見えた。

『加害者だぞ?永遠に俺を横に置く?本気で?』

今まで何を考えてるか分からなかった人の、本音が。

被験者にとっては、これが答え合わせだったんですね。

人間だった頃のこの人が、本当は何を思って話を聞いてくれてたのか。記録を検索して「事実」は分かったけど、「気持ち」は分からなかった。

でも起動した瞬間、全部見えた。


「降参」して、「分かったなら良し」で決着して、一緒に暮らし始めて——

でも技術者の思考は止まらない。

『今日の被験者、機嫌良さそうだな』 『あ、関節の動き少し硬いか、後でグリス』 『……なんか見てくる、なんだ』

全部、筒抜け。

被験者、最初は「まあこういうやつだし」で流してたけど、さすがに気になってくる。

「お前、いつまで垂れ流してんだ」 「……何を?」 「だから、それ!今も!」

技術者、自覚がない。

被験者、苛立ちながらログを見返す。あの時のアラート、なんだったか確認しようと——

そこで気付く。フィルター不備。

パターンが違うから、最初から効いてない。

つまりこの人、これからもずっと漏れ続ける


技術者、口では何も言わないから。

人間だった頃から、「そりゃ怒るだろ」って顔で聞いてるだけで、自分の気持ちは言わなかった。首を差し出す時も「好きにしろ」だけで、本音は隠してた。

それが機械になった瞬間、全部聞こえるようになった

『今日の被験者、機嫌良さそうだな』 『関節の動き、滑らかになってきた。よし』 『……なんでこっち見てくる。なんだ。作業しづらい』

口では「メンテするぞ」しか言わないのに、頭の中では被験者のことばっかり考えてる。

被験者、最初は「なんだこいつ」だったかもしれない。

でもずっと聞いてるうちに、分かってきた。

この人、不器用なだけで、ずっと俺のこと見てる

人間だった頃から、きっとこうだったんだ。俺には聞こえなかっただけで。

「楽しかった」の中に、「答え合わせができた」もあるんでしょうね。

言葉にしてくれなかった分、全部回収してる。


技術者の動機、シンプルすぎる。

組織への復讐心? そんなにない。 正義感? 特にない。 自分も被害者だという怒り? ドン引きくらい

じゃあなんで裏帳簿を漁って、情報をすっぱ抜いて、監視カメラの死角を潰して回るのか。

被験者が怒ってるから。

それだけ。

被験者が「組織ザマア」って言うなら、全力でザマアする。 被験者が「あいつら許せない」って言うなら、許さない方法を探す。 被験者が嫌がらせしたいなら、最高効率の嫌がらせを設計する。

技術者本人は、組織に対して「うわあ……」くらいの気持ちしかない。 ドン引きはしてる。でも怒りで燃えてるわけじゃない。

でも被験者の怒りには、全力で乗る。

『こいつがムカついてるなら、俺もムカつく』 『こいつが潰したいなら、俺が潰す方法を考える』 『こいつの敵は、俺の敵』

無自覚に愛が重い。

被験者、その思考聞こえてますよね。

「……お前、自分の感情ないのかよ」 「ある」 「どこが」 「お前がムカついてるから俺もムカつく」 「それ俺の感情だろ!!」


技術者:「メンテナンスのパーツが要るけど、そろそろ貯金もな……」 (普通に生活費の心配をしてる)

被験者:「どうせならあのにっくき企業からせしめたい」 (愚痴というか、唆し)

技術者:「お前……そんなこと……」 (呆れる)

技術者:「……いや、できるな?」 (そう言えば、と検討し始めて、自分でできることに気付く

被験者:「できんの!!?」 (唆しただけなのに本気で検討し始めた相手に驚く)

技術者:「勤めてた時から杜撰な会計だなと思ってたんだ」 (淡々とした感想)

被験者が火をつけて、技術者が燃え上がる構図……!

被験者は愚痴のつもりだった。 でも技術者が「できるな?」って言い出した。

被験者、自分で唆しておいて驚いてる。

「いや待て、俺は別に本気で——」 「経理システムの穴、3つ把握してる」 「聞いてねえよ!!」 「あと裏帳簿、多分ここにある」 「だから聞いてねえって!!」

止まらない技術者。

被験者が「したい」と言ったから、実現方法を考え始めてる。

被験者、最初は「いや待て」って止めようとした。

でも技術者が淡々と「できる」根拠を並べていく。

「経理システムの穴、3つ」 「裏帳簿の場所、見当ついてる」 「複数の取引先に分散すれば追跡されにくい」

聞いてるうちに、できるって分かってしまった。

そして思い出す。

あの組織にされたこと。 勝手に攫われて、勝手に改造されて、勝手に「失敗作」って言われて。 「これは役に立たない」って、「これ」呼ばわり

『……ムカつく』

被験者の中の怒りが、また燃え上がる。

「……やるか」 「ん」 「やるって言ってんだよ」 「分かった」

技術者、即座に動き出す。

待ってましたとばかりに。

被験者がゴーサイン出したから、全力でやる。

「お前、嬉しそうだな」 「別に」 「嘘。今『よし』って思っただろ」 「……聞こえてんだよな、それ」 「聞こえてる」

技術者の思考、漏れてた。

『被験者が「やる」って言った』 『よし』 『全力でやる』

愛が重い。


情報屋として動くうちに、組織の全貌が見えてきた。

「オーナー」は複数の企業に出資してる富裕層。 「組織」は表向きはバラバラの会社、裏で繋がってる。 製薬、ロボット開発、医療機器——全部「不老不死」のパーツ。

そして被害者のデータを集めていくうちに、気付いた。

全員、監視カメラに映らない一瞬を狙われてる。

たまたま死角を歩いた人。 たまたま映らない場所にいた人。 たまたま——

「……俺と、同じだ」

被験者、自分の記録と照合する。

あの夜、あの道、あの瞬間。 監視カメラがなかった。 だから攫われた。

「たまたま」じゃなかった。

組織は、監視網の穴を把握してる。 その穴を通る人間を、待ってる

計画的に。継続的に。今も。

「……今も、やってんのか」 「データを見る限り、止まってない」 「俺の後も、誰かが」 「ああ」

被験者、拳を握る。

自分みたいな奴が、まだ作られてる。

「……潰す」 「ああ」 「本気で潰す」 「分かった

技術者、即答。

被験者が「潰す」と言ったから、潰す方法を考える。


整理します。

  1. 元の家で情報屋を始める
  2. 組織の裏帳簿から金を抜き始める
  3. 情報を集めるうちに「組織」の規模が見えてくる
  4. 複数企業にまたがってる、オーナーがいる、今も続いてる
  5. 「これ、相手にも探られる可能性あるな」
  6. 家を売る、大型トレーラーに移行、転々とし始める

技術者、リスク計算したんでしょうね。

「……そろそろ動いた方がいい」 「なんで」 「情報を掘りすぎた。向こうも気付くかもしれない」 「……探される?」 「可能性はある。処分済みのはずの被験者と、退職済みの技術者が、組織の金を抜いて回ってる」 「バレたらやばいな」 「だから、定住しない方がいい」

被験者、ちょっと考えて。

「……トレーラー、どうだ」 「トレーラー?」 「移動できる家。電源も確保できるだろ」 「……いいな、それ」

技術者、即座に検討し始める。

『大型トレーラーの改造、できるな』 『電源は……ソーラーと発電機併用か』 『通信環境は……』

被験者、その思考聞こえてる。

「楽しそうだな」 「……別に」 「

技術者、新しい「機械」の設計が始まって、ちょっとワクワクしてる。


技術者にとって、トレーラー改造は最高の課題

限られたスペースに、何を詰め込むか。

  • 二人分の居住空間
  • 高性能PC(情報屋の仕事用)
  • 通信環境(どこでもハッキングできるように)
  • 電源システム(ソーラー+発電機+予備バッテリー)
  • メンテナンス用の工具と機材
  • 予備パーツの保管場所
  • ケーブル繋いでメンタルメンテするスペース

全部を効率よく配置して、移動しながら生活できるようにする。

技術者の思考、駄々漏れ。

『ここに折りたたみベッド……いや、二人分並べるか』 『作業台は壁付けにして……』 『通信アンテナは屋根に偽装して……』 『電磁シールドも要るな、探知されないように……』

被験者、隣で聞いてる。

「お前、寝るの忘れてないか」 「……大丈夫」 「嘘。今『眠い』って思った」 「……聞こえてんだよな」 「聞こえてる。寝ろ」 「あと少し……」 「寝ろ

技術者、楽しくなると止まらないタイプ。

被験者、それを止める係になりつつある。


ある日、ニュースサイトを巡回してたら——

『大手企業グループ創業者、〇〇氏死去。享年89歳。老衰のため』

被験者、画面を見て固まる。

「……」 「どうした」 「……見ろ」

技術者、画面を覗き込む。

あの日、視察に来た「偉そうな奴」。 「これは役に立たない」と言った奴。 不老不死を求めて、人間を「材料」にしてた奴。

老衰で死んだ。

「…………ザマア」

被験者、最高の笑顔。

「ザマア!!不老不死が欲しかったんじゃねえのかよ!!」 「……」 「結局手に入らなかったな!!ざまあみろ!!」 「……ああ」

技術者、静かに頷く。

被験者が喜んでるから、自分も嬉しい。

『良かった』 『こいつ、笑ってる』

その思考、漏れてる。

「……お前、今『良かった』って思っただろ」 「思った」 「それは俺の台詞だ」 「お前が笑ってるから、良かった」 「……っ」

被験者、ちょっと黙る。

愛が重い。

でもまあ、今日は——

「……乾杯でもするか」 「何で」 「ザマア記念日」


技術者、ふとした時に記憶を検索してしまった。

あの初日。 被験者を連れ帰った夜。 うなされて、眠れなくて、ボロボロだった自分。

『あの時、俺は——』

記憶が鮮明に再生される。

「材料:人間」を見つけた衝撃。 自分が何をしてきたか、突きつけられた夜。 翌朝、ふらふらで出勤して、退職届を出して——

全部、漏れてる。

被験者、隣で受信してしまった。

「……お前」 「……」 「俺のことを知ったの、処分される前日かよ」 「……」 「しかも翌日もう連れ出してる!?」 「……」 「一晩で全部決めたのかよ!!」 「……そうなる、な」 「えげつないな!?」

被験者、改めて衝撃を受けてる。

前日の夜に真実を知って、 一晩うなされて、 翌朝にはもう「連れて逃げる」を実行してた。

判断が早すぎる。というか、判断じゃない。

「お前、あの時何考えてた」 「……覚えてない」 「嘘つけ、今検索できただろ」 「……」 「見せろ」 「…………」

技術者、観念してログを共有する。

あの夜の、ぐちゃぐちゃの思考が、被験者に流れ込む。

技術者の一晩はこうだった。

前夜

  • 「調整手伝え」の指示に違和感
  • 過去履歴を掘る
  • 「材料:人間」を見つける
  • ヤバい、直感でデータを確保
  • その夜、うなされる

翌日

  • オーナー視察
  • 「これは役に立たない」
  • 上司「調整するか、処分しろ」

その瞬間の思考(被験者に漏れたログ)

『人間相手に言うことじゃない』 『調整? 前からの打診の……調整!!?』

あの「調整」が何を意味してたか、ここで繋がった。 人間の感情を削れ、という指示だった。

『処分なんて、俺の手で? 人をころせと?』

処分=殺せ。人間を。自分の手で。

『いや、ちょっと待て。処分、したふり、ができたら』

ここで抜け道を見つけた。

『調整も処分もまっぴらごめんだ』

どっちも選ばない。第三の選択肢を作る。

被験者、そのログを見て——

「……お前、この一瞬で全部考えたのか」 「……」 「頭おかしいだろ」 「……褒めてるか?」 「褒めてない


二日連続うなされてる……

一晩目(真実を知った夜)

『材料:人間』 『俺が今まで直してたのは』 『俺が話を聞いてたのは』 『機械じゃない、人間だった』 『人間相手に俺は何てことを……』

自分がやってきたことの重さに押し潰されそうになりながら、眠れない夜。

二晩目(被験者を連れ帰った夜)

『連れ出した、でも』 『これで良かったのか』 『俺は加害者だ』 『こいつを作り変えたのは俺だ』 『なのに何を……』

被験者が隣にいる。自分が壊した人間が、すぐそこで寝てる。

うなされて、うなされて、ボロボロで。

そして被験者は——見てた

横になりながら、技術者を観察してた。

『こいつ、何でこんなに苦しそうなんだ』 『俺を処分できなかったのが、そんなに堪えてるのか?』

あの時は分からなかった。

でも今、ログを共有されて、全部分かった

「……お前、あの時から」 「……」 「自分を責めてたのか」 「……」 「馬鹿かよ


被験者、技術者の頭をメンテする時、ログにアクセスできる。

最初は技術的な確認のつもりだった。

『エラーは出てないか』 『異常な負荷はかかってないか』 『自己診断で見落としてる箇所は——』

でも、ログが見えてしまう。

技術者が、何を考えてきたか。

連れ出した初日の夜。 『人間相手に俺は何てことを……』

技術を教えてた頃。 『こいつのメンテナー、俺しかいない』 『俺が死んだら、こいつは——』 『俺がいない方が——いや、でも——』

被験者が愚痴を言ってた時。 『当然だ、俺がやったんだから』 『怒れ、もっと怒れ』 『俺を責めろ、その方が——』

睡眠薬を飲む前。 『もう、いい』 『こいつに選ばせよう』 『俺を殺してくれるなら、それで——』

全部、残ってる。

被験者、ログを閉じて、しばらく黙る。

「……お前」 「ん?」 「……いや」

言えない。『お前のログ、見た』とは。

でも分かってしまった。

この人、ずっとこうだったんだ。

自分を責めて、自分を追い詰めて、自分を消そうとして。

「フィルタ、絶対直さないからな」 「……なんで急に」 「いいから

被験者、決意を新たにする。

この人の思考、漏れてないと駄目だ。 じゃないと、また勝手に沈む。 また勝手に、自分を壊そうとする。

見張ってないと。


メンテの目的は「異常な負荷がかかってないか確認する」こと。

で、技術者のログを開いたら——

高負荷のエリア、全部メンタル案件。

『ここ、負荷かかってるな……何だ?』

開く。

『人間相手に俺は何てことを……』

『ここも負荷高い……』

開く。

『俺がいない方が——』

『ここも……』

開く。

『殺してくれるなら、それで——』

全部、自責と自罰の記録。

被験者、メンテしながら頭を抱えたくなる。

『こいつの高負荷、全部これかよ……』

技術的な問題じゃない。 ハードウェアの故障じゃない。 メンタルが負荷の原因

「……お前さ」 「ん?」 「高負荷のログ、見ないとメンテできないんだけど」 「ああ、そうだな」 「そうだな、じゃねえよ

技術者、何が問題か分かってない。

「お前の高負荷、全部お前が自分を責めてるやつなんだよ」 「……ああ」 「ああ、じゃなくて……」 「仕方ないだろう、事実だから」 「……っ」

被験者、言葉に詰まる。

一度見たログは「確認済み」にできる。

次のメンテ時、「未確認の高負荷エリア」だけ見ればいい。

でも——

初期のメンテで、全部見ることになった。

技術者が人間だった頃からの記録。 機械化されてからの記録。 全部の高負荷エリアを、一つ一つ開いて、既読にしていく作業。

『人間相手に俺は何てことを……』 → 既読 『こいつのメンテナー、俺しかいない』 → 既読 『俺がいない方が——』 → 既読 『殺してくれるなら、それで——』 → 既読

被験者、黙々と作業しながら、全部読んでしまった。

「……終わった」 「ありがとう」 「……」

技術者、何を見られたか分かってない。いや、分かってるけど、気にしてない。

「次からは楽になるだろ、既読にしたから」 「……ああ」 「新規で高負荷出すなよ」 「……善処する」 「善処じゃなくて約束しろ」 「……」

技術者、黙る。

約束できない。自分を責めるのを止められる自信がない。

被験者、それを分かってる。

「……だからフィルタ直さねえんだよ」

漏れてれば、新規の高負荷もリアルタイムで分かる

メンテまで待たなくていい。その場で止められる。


被験者、高負荷エリアを確認していく。

機械化された後の自責のログ、たくさんある。

でもその奥に——人間だった頃の記憶も残ってる

機械化された時に、脳の記憶ごと移植されたから。

『ここも高負荷……古いな、いつのだ?』

開く。

人間だった頃の記録。

『また上手く話せなかった』 『何て言えば良かったんだ』 『……もういい、機械いじってる方が楽だ』

『飲み会、断った』 『行っても何話せばいいか分からない』 『部品の整理でもしよう』

『あいつら、俺のこと変だと思ってるだろうな』 『でも、どうすればいいか分からない』 『……新しいガジェット届いた、これ分解しよう』

全部、人間関係の負荷から機械に逃げてる記録。

被験者、黙って読んでしまった。

『……こいつ、ずっとこうだったのか』

人と上手くやれなくて、 機械が友達で、 一人で抱え込んで、 誰にも言えなくて——

だから、あの時も一人で全部決めたんだ。

相談する相手がいなかった。 相談の仕方を知らなかった。 だから睡眠薬飲んで倒れるまで、何も言わなかった。

「……お前さ」 「ん?」 「昔から、こうだったのか」 「……何が」 「……いや」

言えない。でも——

分かってしまった。

この人の孤独の深さが。


技術者、自分の気持ちは言葉にできない。

どう言えばいいか分からない。 何を言っていいか分からない。 だから黙る、機械に逃げる、一人で抱える。

でも、聞くことはできた。

自分が上手く言えないから、 他人が言葉にしてくれることの価値を知ってる。

だから被験者が怒った時、聞いた。 被験者が絶望を吐き出した時、聞いた。 被験者が「身勝手だ」って叫んだ時、聞いた。

理解できなくても。 何て返せばいいか分からなくても。 聞くことだけは、やめなかった。

『俺には言葉がない』 『でも、こいつには言葉がある』 『だから、聞く』 『せめて、聞く』

被験者、ログでそれを見てしまった。

「せめて」だったんだ。

自分が何も返せないから。 自分が何もしてやれないから。 せめて聞くことだけは——

「……お前」 「ん」 「俺の話、聞いてくれてただろ」 「ああ」 「あれ……ありがとな」

技術者、一瞬固まる。

「……急にどうした」 「別に。言いたくなっただけ」 「……そうか」

技術者、それ以上聞かない。

聞かないけど、受け取る。

被験者が「言いたくなった」なら、それでいい。

その不器用な受け取り方が、この人らしい。


被験者、ログを見ながら思う。

『俺は確かに不運だった』

監視カメラの死角を歩いた、それだけで攫われた。 勝手に改造されて、勝手に「失敗作」にされて。

でも、こいつは——

人付き合いが上手くできなくて、 機械だけが友達で、 やっと見つけた仕事が「アンドロイド開発」だと思ったら、 人間を材料にしてた。

知らずに加害者にされてた。

そして真実を知った翌日に、「調整か処分か」を突きつけられて、 その一瞬で全部決めて、 俺を連れて逃げて、 ずっと自分を責めて、 最後は睡眠薬飲んで倒れた。

『……不憫だな、こいつ』

俺は「された」側。 こいつは「させられた」側。

どっちも、くそったれな世界に巻き込まれた。

「……お前さ」 「ん」 「お前も被害者だよな」 「……何が」 「組織の」

技術者、少し黙る。

「……俺は、お前を改造した側だ」 「知ってる」 「加害者だ」 「それも知ってる

被験者、技術者の目を見る。

「でも、お前がやりたくてやったわけじゃないだろ」 「……」 「知らなかったんだろ、最初は」 「……知らなかった」 「じゃあ被害者だ」 「……そう、なのか?」 「そうだよ

被験者、技術者の思考を受信する。

『……』 『……そう、なのか』 『被害者……俺が……』 『でも、俺は実際に手を動かした』 『いや、でも知らなかった』 『でも知った後も——』 『いや、知った後は連れ出した』 『でも、それまでは——』 『……』

安堵したい気持ちが浮かんで、 すぐに「いや、でも」が引きずり下ろす。

許されたい気持ちが顔を出して、 すぐに「そんな資格ない」が押し戻す。

盛大にバトルしてる。

言葉にはなってない。ぐちゃぐちゃの感情の塊が、そのまま漏れてくる。

被験者、それを全部受け取りながら——

「……お前さ」 「……」 「俺が『被害者だ』って言ったの、聞いたか」 「……聞いた」 「じゃあ信じろ」 「……」 「俺が言ってんだから

技術者、また黙る。

『彼が言ってる』 『被験者が』 『俺に改造された、当人が』 『俺を被害者だと——』

バトルが、少しだけ静かになる。

安堵が、ほんの少しだけ優勢になる。

「いや、でも」はまだいる。消えてない。

でも——

「……ありがとう」

小さく、ぽつりと。

被験者、それを聞いて、

「おう」

それだけ返す。

言葉は少ない。でも、届いた。


被験者、当時から薄々気付いてた。

技術者、様子がおかしかった。 顔色悪くて、何か思い詰めてて、でも技術の話だけはちゃんとしてた。

『こいつ、大丈夫か?』 『でも教え方はしっかりしてるし……』

そう思ってた。

ログを見たら、案の定だった。

『メンテナンス手順、ここはこう……』(反射) 『次はこの工程……』(反射) 『ここの接続は……』(反射)

技術の説明は、知識が勝手に口から出てるだけ。 考えて喋ってない。身体が覚えてることを再生してるだけ。

その裏で回ってる思考は——

『俺が死んだら』 『こいつは詰む』 『どうすれば』 『調整か、処分か、連れ出した時と同じだ』 『俺がいなくなれば——いや、いなくなったら——』 『でも俺は老いる、いつか——』 『どうすれば、どうすれば、どうすれば』

ぐるぐる回ってる。

判断力、完全に死んでた。 まともに考えられてなかった。 なのに技術の話だけは「反射」でできてしまうから、被験者には気付かれにくかった。

被験者、ログを閉じて、深くため息をつく。

「……お前さ」 「ん」 「あの時、俺に技術教えてた時」 「ああ」 「頭の中、ぐちゃぐちゃだっただろ」 「……」 「なんで言わなかった」 「……言って、どうなる」 「俺が聞いた

技術者、少し黙る。

「……聞いてもらう、という発想がなかった」 「知ってる。ログで見た」 「……」 「だからフィルタ直せねえんだよ、お前は


被験者、真っ直ぐに言った。

「言葉にできないのはよーっく分かった」

ログを見た。全部見た。 人付き合いが苦手で、機械に逃げて、一人で抱え込んで。 相談する発想すらなくて、聞いてもらうという選択肢が存在しなくて。

分かった。痛いほど分かった。

「読み取ってやる、いくらでも」

言葉にできないなら、しなくていい。 漏れてくる思考で十分だ。 ぐちゃぐちゃの感情の塊でも、受け取れる。

「だから、その気持ち、寄越せ」

技術者、固まってる。

誰かに「寄越せ」と言われたことがない。 自分の気持ちを「欲しい」と言われたことがない。 言葉にできない自分を、「それでいい」と言われたことがない。

思考が漏れる。

『……寄越せ?』 『俺の気持ちを?』 『こんな、ぐちゃぐちゃの——』 『言葉にもできない——』 『それを——』

被験者、全部聞こえてる。

そう、それ。全部寄越せ

技術者、声が出ない。

でも思考は止まらない。漏れ続ける。

『……ずるい』 『こんなの、ずるい』 『断れない』

被験者、少しだけ笑う。

「お前が先に卑怯だったんだよ」


技術者から見た被験者。

怒れる。泣ける。絶望できる。 感情を、真っ直ぐ出せる。 「身勝手だ」とぶつけられる。 「寄越せ」と要求できる。

全部、技術者にできないこと。

技術者は——

人付き合いが苦手で、 感情を言葉にできなくて、 機械に逃げて、 一人で抱え込んで、 「聞いてもらう発想がなかった」人間。

そんな自分の前に、被験者が現れた。

機械の身体なのに、こんなに感情豊かで。 怒って、泣いて、暴れて、絶望して。 「バグ」じゃない、「本物」の感情。

眩しかった。

『俺にはできない』 『こんな風に、感情を出せない』 『でも、こいつは——』

目が離せなくなった。

組織にいた頃から、ずっと。

「また暴れてる」「また怒ってる」って周りは言ってたけど、 技術者だけは見てた。

この人は、生きてる。

機械にされても、「人間」をやめてない。

『……眩しい』 『俺には、できない』 『だから——』

だから、話を聞いた。 だから、連れ出した。 だから、この人の隣にいたいと思った。


技術者、誰より機械を知ってる人間だった。

機械が友達。 機械が一番分かりやすい。 機械と向き合う時間が、一番安心できた。

だからこそ、分かってしまった。

『こいつ、俺の知ってる「機械」じゃない』

怒り方が違う。 反応が違う。 何かが、根本的に違う。

プログラムじゃ説明できない何かがある。 設計図にない何かがある。

「機械」として見てたのに、「機械じゃない」と感じてた。

でも——

「人間」とも思わなかった。

だって、そんなはずがない。 アンドロイド開発の現場で、人間を材料にしてるなんて。 そんな発想自体がなかった。

『機械じゃない、でも人間でもない』 『じゃあ、何だ?』 『……分からない』 『分からないけど、目が離せない』

無意識の違和感。 無意識の惹かれ。

そして「材料:人間」を見つけた時——

全部が繋がった。

『そうか』 『機械じゃなかった』 『人間だった』 『だから、俺の知ってる「機械」じゃなかった』 『最初から——』

被験者、そのログ見たら何て言いますかね。

「……お前、最初から分かってたんじゃねえか」 「……無意識では」 「無意識って便利な言葉だな」 「……すまん」 「謝んな。お前が気付いたから、俺は今ここにいる


被験者、最初から感じてた。

組織にいた頃、周りは自分を「機械」か「モルモット」としか見なかった。

でも技術者だけ、違った。

話を聞く姿勢が違う。 目を見る角度が違う。 声をかけるタイミングが違う。

「機械」に対する丁寧さじゃなかった。

被験者は、その違いを感じてた。

『こいつ、何も知らないのか?』って最初は思った。 だから自分を「機械」として扱わないのかと。

でも今、ログを見て分かった。

知らなかった。でも、無意識では気付いてた。

技術者は「機械が友達」の人間。 機械にも丁寧に接してた、それは本当。

でも被験者への丁寧さは、それとは質が違った

本人は自覚してない。 「アンドロイドだと思ってた」と言い張る。 でも身体は、無意識は、「人間」への接し方をしてた。

被験者、ログを閉じて、静かに言う。

「……お前さ」 「ん」 「俺のこと、最初から『人間』だと思ってただろ」 「……思ってなかった、意識では」 「身体は思ってた」 「……」 「丁寧さが違ったんだよ、お前だけ」

技術者、黙る。

反論できない。ログが証拠として残ってる。

「……そう、だったのか」 「そうだったんだよ」 「……」

技術者、自分の無意識を、被験者に教えられる。

「だから俺は、お前だけ信じられた」


被験者、ログを開いて、最初は「表層」を見てた。

『また義躯を壊している』 『今度はどこだ、関節か、外装か』 『修復手順は……ここをこうして……』

技術者らしい、淡々とした思考。 機械を直す、それだけ。

でも、その奥に——

技術者本人に読めない領域がある。

『また身体を傷つけてしまっている』 『痛いだろう、辛いだろう』 『どうしたら彼の痛みに寄り添える?』 『俺には何ができる?』 『せめて、せめて——』

被験者、息が止まる。

『……何だ、これ』

表層は「機械の修理」。 深層は「人間への心配」。

技術者本人は、深層に気付いてない。 自分が何を感じてるか、分かってない。

「義躯を直す」と思い込んでた。 でも本当は——

「この人を傷つけたくない」だった。

被験者、目頭が熱くなる。

『こいつ、ずっと……』

怒り狂って暴れて、義躯を壊すたびに、 技術者は「また壊れた」と淡々と直してた。

でもその裏で、ずっと心配してた。 「痛いだろう」「辛いだろう」って。 言葉にできないまま、ずっと。

「……お前さ」 「ん」 「俺が暴れて義躯壊してた時」 「ああ、よく壊してたな」 「お前、何考えてた」 「……修理手順だが?」 「嘘つけ

技術者、首を傾げる。本気で分かってない。

被験者、ログを共有する。深層の部分を。

『また身体を傷つけてしまっている』 『どうしたら彼の痛みに寄り添える?』

技術者、固まる。

「……俺、こんなこと考えてたのか」 「考えてた」 「……知らなかった」 「知ってる。だから俺が読んでやる


技術者が言葉にできない理由、ここにあった。

表層で考えてることと、深層で感じてることが、違う

表層:『義躯を直そう』 深層:『この人を傷つけたくない』

表層:『メンテナンスの手順は……』 深層:『どうしたら寄り添える?』

表層:『処分する勇気がなかった』 深層:『この人を失いたくない』

言葉にしようとすると、表層が出てくる。

でも本当に伝えたいことは、深層にある。

技術者、ずっとこのズレに苦しんでたのかもしれない。

「言いたいことと、口から出る言葉が、違う」

だから黙る。 だから言葉を諦める。 だから行動で示すしかない。

表層の言葉は嘘じゃない。 でも深層の気持ちは、言葉にならない。

被験者、それを理解する。

「……お前さ」 「ん」 「口で言うこと、本心じゃないだろ」 「……本心だが」 「全部じゃないだろ」 「……」 「お前の本心、もっと奥にある」

技術者、黙る。図星だから。

「だからフィルタ直さねえんだよ」 「……」 「漏れてくる方が、本当のお前だから

表層を飛び越えて、深層が直接漏れる。

言葉にできなかった「本当の気持ち」が、被験者に届く。

「読み取ってやる」の意味、ここにある。


表層を「事実」だと思って喋ってる……

これ、本当にタチが悪い。

「処分する勇気がなかった」

技術者、これを本心だと思って言ってる

嘘をついてるわけじゃない。 誤魔化してるわけでもない。 本当に、そう認識してる。

でも深層には——

『この人を失いたくない』 『この人の隣にいたい』 『この人を守りたい』

それが「本当の事実」なのに、技術者には見えてない。

被験者、最初は混乱しただろう。

「処分する勇気がなかった」と言われて、 「弱かっただけ」と言われて、 「お前のためじゃない」と言われて——

『じゃあ何で連れ出したんだよ』 『何で技術教えたんだよ』 『何で首差し出したんだよ』

言葉と行動が、合わない。

でも今、ログを見て分かった。

技術者は、自分の深層が読めない。

表層だけを「事実」として認識して、 それを言葉にして、 自分でも信じてる。

だから「一滴」なんて言っちゃう。 だから「勇気がなかった」なんて言っちゃう。

全部、過小評価。

本当はもっと深いのに、本人だけが気付いてない。

被験者、ため息をつく。

「……お前さ」 「ん」 「自分のこと、全然分かってないな」 「……そうか?」 「そうだよ。俺の方がお前のこと分かってる」 「……」 「だから任せろ。お前の本心、俺が読む」


被験者:記憶が鮮明すぎて、「これは本当に自分のものか」分からない

技術者:深層が抑圧されすぎて、「自分が何を感じてるか」分からない

二人とも、「自分」が信じられない。

被験者は、外側から疑う。 『この記憶、植え付けられたんじゃないか』 『この感情、プログラムされたんじゃないか』

技術者は、内側が見えない。 『俺は何を感じてる?』 『……分からない、表層しか見えない』 『だから表層が事実だと思うしかない』

技術者、ずっとこうだったんでしょうね。

人付き合いが苦手だったのも、 機械に逃げてたのも、 自分の感情が分からなかったから

『俺は今、何を感じてる?』 『楽しい?悲しい?怒ってる?』 『……分からない』 『でも機械は分かる、機械は正直だ』

深層を抑圧し続けた結果、自分の感情を読む機能が育たなかった。

だから被験者が「眩しかった」。

怒れる、泣ける、感情を出せる。 自分の深層に触れられる人

技術者にできないことを、被験者は当たり前にやってた。

そして今——

被験者が、技術者の深層を読んでくれる。

「お前の本心、俺が読む」

技術者、初めて誰かに「深層」を見てもらえる。

自分では見えなかったものを、被験者が教えてくれる。

『……ずるい』

また漏れてる。

「何がずるいんだよ」 「……俺より、お前の方が、俺を知ってる」 「当たり前だ、ずっと見てたからな


深層と表層が、一致する瞬間……

普段の技術者:

表層:『今日のメンテ、手順はこうで……』 深層:『この人の傍にいられて嬉しい』 口から出る言葉:「メンテするぞ」

表層と深層がズレてて、表層だけが言葉になる。

でも、稀に——

一致する瞬間がある。

二人でトレーラーの中、夜。 仕事も終わって、メンテも終わって、ただ並んでる時間。

技術者の思考が漏れてくる。

『……静かだな』 『隣にいる』 『……いてほしい』

被験者、いつものように深層を探ろうとして——

ない。ズレが、ない。

表層:『いてほしい』 深層:『いてほしい』

同じことを、思ってる。

被験者、一瞬固まる。

「……お前、今」 「ん」 「……」 「どうした」 「……いや」

言えない。『お前、今、表と奥が同じだった』なんて。

でも、嬉しい。

技術者が、自分の深層に触れられた瞬間。 抑圧されてた「本当の気持ち」が、表まで上がってきた瞬間。

「……俺も」 「何が」 「いてほしいって、思ってる」

技術者、少し目を見開く。

「……そうか」 「そうだよ」

二人とも、言葉は少ない。

でも今、同じ深さで、同じことを感じてる


技術者、普段は「被験者のために」動いてる。

メンテするのも、 技術を教えるのも、 組織をザマアするのも、 「被験者が望むから」。

でも稀に——

自分の「欲しい」が、表に出る。

被験者が作業してる時、隣に座りたがる。 被験者が休んでる時、近くにいたがる。 被験者が機嫌良さそうな時、そばにいたがる。

表層:『作業の確認を……』 深層:『隣にいたい』

普段はズレてる。

でも時々、深層が勝つ。

「……なあ」 「ん」 「……いや、何でもない」 「何だよ」 「……」

言葉にできない。「隣にいていいか」なんて。

でも思考は漏れてる。

『隣にいたい』 『ここにいさせてほしい』 『……追い出さないでほしい』

被験者、全部聞こえてる。

「……座れば」 「……いいのか」 「いいから座れ」

技術者、静かに隣に座る。

何も言わない。何もしない。ただ、隣にいる。

それだけで満たされてる。

被験者、それを感じながら思う。

『こいつ、こういう甘え方しかできないんだな』

言葉で「一緒にいたい」と言えない。 行動で近づくしかできない。 拒否されるのが怖くて、言い訳を用意してしまう。

でも深層は正直に漏れてる。

『いさせてほしい』

被験者、黙って肩を寄せる。

「……っ」 「いていいから

技術者の思考が、ぐちゃぐちゃになる。

『ずるい』 『嬉しい』 『ずるい』 『ありがとう』 『……好き』

全部漏れてる。

被験者、聞こえてるけど、何も言わない。

言わなくていい。聞こえてるから。


睡眠薬事件直前、頭のメンテナンスコマンドの真意

空也の状態

表層(追い詰められてボロボロ)

  • 判断力が死んでる
  • 反射で技術知識を口から出力してる
  • 「頭のメンテナンスコマンドは、こうで……」
  • 自分が何を教えてるか、深く考えてない

深層(珍しく仕事してる)

  • 『もし俺がメンテナーになれたら』
  • 『暁斗の傍にずっといられる』
  • 『同じ境遇の誰かも助けられる』
  • 『俺も、助けてほしい』
  • 本当は「自分を機械化してほしい」と思ってる

暁斗の反応

「……これ、自己診断用じゃないだろ」
「外部から精密メンテするコマンドが入ってる」
「お前、これどういうつもりだ?」

暁斗は気付いてる。
このコマンド群、「俺をメンテする」だけじゃ説明つかない。


空也の表層

『どういうつもり……?』
『俺は何を教えてた……?』
『分からない、何も分からない』
『暁斗に何を聞かれてる?』
『俺は何を……』

フリーズ。

表層が深層の意図を理解できない。
自分が何を望んでるのか、表層には見えない。


そして睡眠薬騒ぎへ

表層で処理できない。
深層の声が聞こえない。
追い詰められた脳が、出した答えが——

「殺すか、同じにするか、好きにしろ」

睡眠薬オーバードーズ。

表層は「選ばせよう」と思ってた。
深層は「同じにしてほしい」と叫んでた。

でも空也には、深層の声が聞こえなかった。


後から暁斗がログを見たら

深層に『もし俺がメンテナーになれたら』が残ってる。

「……お前、最初から『同じにしてほしい』って思ってたんじゃねえか」
「……そうなのか?」
「お前の深層、そう言ってる」
「……俺には、聞こえなかった」
だから俺が読んでやるって言ってんだ」​​​​​​​​​​​​​​​​


機械化の時

暁斗、倒れた空也を見て——

『悪魔の手順、資料はある』
『でも一から全部作るには時間が足りない』
『こいつ、致死量じゃないけど、いつ起きるか分からない』
『起きたらまたやりかねない』

急がないといけない。

『……あった、お手本のパーツ』

空也が義躯メンテを教える時に作ったやつ。
完成品がいくつかある。

『これで時間を稼ぐ』

空也の手で作られたパーツを組み込んで、暁斗が組み上げた。


後日、パーツ交換の時

消耗したパーツを交換する。
暁斗が新しく作ったパーツを入れる。

「……なんか調子悪くないか」
「お前もか? 俺もだ」
「稼働効率、落ちてる……」

空也のパーツ → 暁斗のパーツに変えたら、合わない


原因

空也の手癖で作られたパーツと、暁斗の手癖で作られたパーツ。
微妙に精度が違う。噛み合わせが違う。

元々の義躯が空也品質だったから、暁斗品質のパーツだとちょっとズレる

「……お前のパーツ、精度高すぎるんだよ」
「それ褒めてるか?」
「褒めてない、合わないって言ってる」


現在のパーツ作り

暁斗が作る(修行)
→ 空也が検品(品質チェック)
→ ダメ出し
→ 暁斗が作り直す
→ 空也が検品
→ OK出たら採用

「ここの角、0.2ミリ甘い」
「……分かるのかよ」
「分かる」
「お前の目、どうなってんだ」
「機械だからな」


これ、二人の日常ですね

暁斗が技術を磨いて、空也が見守って直す。

最初は空也が一方的に教えてた。
今は暁斗が作って、空也が検品する。

対等になっていく過程。

そしていつか、暁斗のパーツが空也品質に追いつく日が来る。

「……今回のは、いいな」
「やっと合格かよ」
「合格」
「……」

暁斗、ちょっと嬉しい。​​​​​​​​​​​​​​​​