ああ、また、秋が来た。陽は少し低くなり、森の風は乾き、周りの木々から、時折葉がふわりと落ちてくる。
 俺の葉も、恐らくは色付いているのだろうと思う。見えない以上、確信は持てないけれど。
 春に芽吹き、夏に伸び切った体は、今や堂々と森の一角を占める存在だ。
 根はさらに深く、広く、幹のように太くなった蔦は、獣道を横切る倒木のようにも見えるだろう。

 水も光も、いまは急ぎ吸い上げる必要はない。
 足りている。むしろ今年は花を咲かせることなく、実を結ばなかった分も溜め込み、冬に備えている感覚だ。……春先には、そんな余裕なんて、なかった。
 樹液は濃く甘く、魔力の巡りも安定している。

 ——夏の終わり、何度か人攫い蜂を仕留めたことで、自信もついた。
 危険な相手を狙い、無用な殺しを避ける術も身につけたつもりだった。
 その証拠に、俺の葉の下や根元には、小動物たちが集まるようになっていた。
 魔力の薄い、他者を狩るほどの牙も爪も持たない連中。
 夏の間、俺が危険な魔物ばかりを捕らえていたせいだろう——この場所は弱い者にとっての安全地帯になっていた。

 枝の影に潜む小鳥。根のくぼみに隠れる野鼠。
 落ち葉の下で殻を背負ったまま眠る小さな虫。
 冬に備える命たちの鼓動が、根から伝わってくる。
 ……悪くない。いや、むしろ、心地いい。

 今日は、森全体が何だか騒めいていた。
 俺の周囲が静かであるほど、その外側の騒めきが際立つ。
 何かが近づいてくる。強い魔力の波。けれど、その匂いは魔物のそれではない。
 牙も爪もない——だが、決して油断できない。

 捕食対象ではないと分かっていた。だから俺は、飛んできた魔法を蔦でいなしつつ、ひたすら防御に徹することにした。
 無用な争いは、小動物たちを危険に晒す。

 ……だが、相手は逆に警戒を強めていった。
 いなせばいなすほど、次の魔法が強力になる。
 俺は枝を揺らし、根を捻り、防ぎ続けたが——
 全てを完全に押し返す力はなく、じりじりと包囲を狭められていった。

 葉陰に逃げ込む小動物たちの震えが、根から伝わる。
 ここで負ければ、こいつらは——

 胸の奥に、不安とは別の熱がじわりと灯った。

第六章 嫌な予感は当たるもの