考え事をしていたら、背後に馴染(なじ)みの気配を感じた。そっと振り返れば、予想に(たが)わず、魔紋(まもん)のだいぶ薄れた相方がいた。
「……すまなかったな」
 事情も知らず、裏切られたと思い込んだ。己も同じ状況になって、暴走したから分かる。魔竜になっても、俺の声に(こた)えてくれたのが、どれだけ奇跡的だったか。
 白銀の竜、シルフィアナは、そっと首を振った。彼女はとても(かしこ)い竜で、いつの間にか人間の仕草も(おぼ)えて(こた)えてくれるような健気さも持ち合わせていた。だから、甘えてしまっていた。俺の方こそ、もっと彼女の様子に気を配って(しか)るべきだったのに。そうすれば、きっと。
(私の方こそ、ごめんなさい。貴方(あなた)を、一緒に連れてくれば良かった)
 きっと、彼女からの言葉も、もっと早くに聞けただろう。
「過ぎたことを悔やんでもキリがない。幸いにも、俺はこの聖域に辿(たど)り着けたし、助けてもらうこともできた。ただな……」
 この状況を、どうギルドに報告するかが問題だ。あまりの難題に、溜息(ためいき)が出る。
「まさかジンを連れ出すわけにもいかないし」
(あのお方を? 自主的に来ていただくのでもない限り、無理だと思う)
 シルフィアナも止めてくるが、何よりジンの下にこそ魔物が集う。事情を知らぬ限りは、魔王の(ひな)でも拉致(らち)してきたのかと思われるだろう。そういえば。
「シルフィアナは随分(ずいぶん)、あの小動物を(うやま)っているな」
 何気ない言葉の(はず)だった。
 だが、シルフィアナが蒼白になった。
「……俺の方が、何か不敬なことをしでかしているのか?」
(あのお姿は、創造神と同じ。あのお方は、創造神の欠片を与えられた、御使(みつかい)様)
 創造神の姿を()した、神の御使(みつかい)
 島に着いてからの、あれこれの不敬な行動が、脳裏(のうり)をよぎる。
「ミュウ(やれやれ)」
 折悪く、話題の主が現れて、俺の頭に飛び乗った。衝撃(しょうげき)(かし)ぐ視界。
「ミュミュウミュ(そんな大層なもんじゃないさ。ただの実験台だよ)」
「実験台……?」
「ミュ(そう、魔力浄化の実験台)」
 俺の頭の上で器用にバランスを取った白い小動物が、多分恐らく何かしらの話を、シルフィアナにした。そしてシルフィアナも、何事かを(こた)えた。交わされた鳴き声だけでは、俺には何もわからない。俺に向けて伝えたい内容ではなかったんだろう。
「ミッ?(で、オレをどこに連れ出すって?)」
「……ギルド長の所に。『聖域』の異変の調査を、依頼されていた」
 なるほど、とジンは、怒ることもなく俺の頭から飛び降りた。ジッと、星の瞬く夜空の目に見つめられ、今度は俺が、落ち着かない。
「でも、お前を連れていくと、魔物たちも来るだろう? だから、何か他の手段を考えるつもりだ」
「ミュー(魔紋(まもん)が消えるまでは、アンタもオレから離れない方が良いけどな)」
「そうか……。しばらくは、動けないな」
 両腕を見る。シルフィアナのそれよりも、まだ色の濃い魔紋(まもん)
「今日も治療してくれるんだろう?」
 (うなず)くジン。遠くなる意識で、今日もご馳走様(ちそうさま)、と聞いた。

2−8【魔人化から解放された後のこと】