ふと、魔力が動いた気がして、空を見上げた。
「……ドラゴン? 違う、魔竜!?」
 僕の声で、先生含めて場が一気に静まり返る。ほぼ全員が空を見上げ……、次の瞬間、一気にパニックとなった。
「おおお落ち着けぇ!? 校舎に避難(ひなん)っ!」
 先生ですら、気が動転しているのがよく分かる。そりゃあそうだ。魔竜なんて、滅多に見るものじゃない。ただの魔物だって一般生徒にとっては脅威(きょうい)になるのに、その上位的存在と言われる魔竜ともなれば死人が出かねない。
 ふう、と誰かがため息をつくのが、やけに大きく聞こえた。先生の言う通り避難(ひなん)しようとしていた足を止めて振り返れば、それはリオニス君で。
「来てくれ、シルフィアナ」
 黒い魔竜に向かって無造作に歩きながら、彼は白銀の竜の名を呼ぶ。シロガネの竜騎士、とは、何でも屋ギルドでのリオニス君の二つ名だった。
 召喚陣から現れた白銀の竜に飛び乗って、魔竜に立ち向かうリオニス君。いくら先生よりも強いからって、流石(さすが)に魔竜を相手にして無事に済むなんて思えない。
 僕では何の戦力にもならないかもしれないけれど、何かの役には立てないか? そんな僕の思いを嘲笑(あざわら)うかのように、白銀の竜騎士は余裕(よゆう)を持って魔竜の吐き出す雷やら炎やらのブレスを避け、反撃を加えていく。
 最期の足掻(あが)きとばかり、魔竜が漆黒のブレスを吐いて視界が(さえぎ)られても、中では魔力の動きが絶えず、激戦が繰り広げられているものと思われた。やがて、魔竜の魔力が途絶え、リオニス君の起こした風が、ブレスの闇を吹き飛ばした。
 地に伏す魔竜、ちょっとした(かす)り傷くらいのリオニス君。
「流石だな、リオニス!」
 校舎から飛び出してきた先生が、リオニス君を手放しで()める。
「この魔竜はどうするんだ? この場で解体するのか?」
「いえ、また後でします。授業の方が大事でしょう」
 リオニス君は(すず)しげな顔で言うと、魔竜を収納陣に収めた。この収納陣だって、魔量(まりょう)の大きさに容量が左右される。人が乗れるくらいの魔竜を軽々と収める収納陣なんて、僕には望めない。
 ……収納陣、だよね? ふとよぎった疑問を吟味(ぎんみ)する前に、クラスメイトたちが僕を()退()けてリオニス君を取り囲んだ。
「スゲーなリオニス」
「カッコいいよね、リオニス君」
 クラスメイトたちの賞賛(しょうさん)の声にも、リオニス君はあまり心動かないようだった。そりゃね、ある意味いつものこと、だもんね。迷惑(めいわく)そうな顔をしなくなっただけ、丸くなったなとすら思う。
 そんなリオニス君だけど、ふと周りを見回して、誰かを探す素振(そぶ)りをした。
「ああ、お前」
 彼が声を掛けたのは、まさかの僕で。
「魔竜に真っ先に気付いたの、お前だろ? ありがとう、おかげで怪我人(けがにん)も出ずに済んだよ」
「……ううん、リオニス君の実力あってこそだよ」
 僕はやっとのことでそれだけ答えると、(うつむ)いた。周りの視線が突き刺さって痛い。ルーエのクセに生意気だとか、そんな声まで聞こえてくるようだ。リオニス君は、常にこの視線の中にいるのか。
 ズキッと、胸が痛む。魔力回路の()れが、広がった気がした。

3−3【魔人化発作】