スマホの画面は真っ暗なまま、沈黙を返していた。
通話を切ったのは自分なのか、詩織なのか。もう思い出せない。
ただ、胸の奥に残ったのは、荒く掻きむしられたような痛みだった。
——拒絶された。
でも、まだ諦めてはいない。
彼女の声の震えは、まだ隣にいたいと叫んでいたから。
深夜の街を歩く。ビルの壁に取り付けられた監視カメラの赤い点が、やけに視界に残る。
信号待ちの最中にも、背中に熱を帯びた視線が突き刺さるように感じる。
——いや、感じるんじゃない。事実、狙われている。
郵便受けには、白い封筒が差し込まれていた。
差出人も、挨拶文もない。中に入っていたのは、一枚の名刺だけ。
肩書は「対策室」。名前は、ない。
笑ってしまった。
「脅すつもり? 遅いんだよ」
声は小さく漏れただけなのに、夜の路地裏に乾いた響きを残した。
翌日、帰宅して鍵を開けたら、玄関の内側で黒いスーツ姿の男が待っていた。
「調べすぎたようですね。あの件のログは、もう残っていなかったはずですが」
低い声が、冷気みたいに耳に触れた。
「へえ。じゃあ、消される前に正解に辿り着いたってことか」
あたしは睨み返し、肩をすくめてみせる。
「どうせ口封じするんだろ? だったら——詩織の腕の中で、花を吐きたいね」
言った瞬間、スーツの男の表情がわずかに揺れた。彼はイヤカフ型の通信機に触れ、誰かに確認を取ったようだった。
「……良いでしょう。しかし、また酔狂な」
怯えたのか、呆れたのか、判断もつかない。
でもいい。どう受け取られようと構わない。
——あたしの願いは、ただひとつ。
車に押し込まれた。
窓の外は真っ黒で、街灯の光すら届かない。
錠のかかったドアに体を預けながら、笑みがこぼれる。
ようやく、だ。
ようやく詩織の隣に辿り着ける。
たとえ二度と出られぬ隔離病棟だったとしても、詩織さえ隣にいれば、それだけであたしは——。