まずは触ってみるところから

ここまで二章にわたって、LLMがどんなものかという話と、得意・不得意の見当のつけ方の話をしてきた。次に来る当然の問いは「で、結局どこから手を付ければいいのか」だろう。本章では、最初の一歩を軽くするための見方をいくつか並べていく。

最初に押さえておきたいのは、「触ってみる」までの敷居が、想像よりずっと低いという点だ。第1章で複数のサービスがあると触れたが、まずはそのうちのどれか一つに絞って、無料で使える範囲から始めるので構わない。最初から有料プランを契約したり、複数のサービスを比べたりしようとすると、それだけで腰が重くなる。比較や選定は、何度か触って手応えが出てから考えても遅くない。

サービス選びについて補足しておくと、現時点でよく名前が挙がる選択肢のどれを選んでも、本章で扱うような最初の一歩の範囲では大きな差は出ない。職場で利用に制限がある場合はそれに従う必要があるが、特に縛りがなければ、聞いたことのある名前のものを開いてみる、という入り口で十分だ。「どれが一番優秀か」は専門家でも意見が分かれるところなので、最初の選択にあまり時間をかけない方がよい。

なお、いきなり業務の機密情報を入れて試すのは避けたい。何が入力していい情報で何がそうでないかは第4章で改めて扱うので、ここでは「最初の試し打ちは、外に出ても困らない題材で行う」とだけ覚えておきたい。たとえば、ニュース記事の要約を頼んでみる、自分で書いた挨拶文を整えてもらう、一般的な質問をぶつけてみる、といったところから始めれば、大きな心配は要らない。

最初に振ってみる仕事

何から試すかについては、第2章で「基本」に分類した領域から入るのが安全だ。応用のような重い仕事を最初に振ると、出てきたものの良し悪しを判断しづらく、「結局これは使えるのか使えないのか」という感想だけが残りがちだ。基本の仕事であれば、結果の良し悪しが見えやすいので、手応えも掴みやすくなる。

具体的に最初の三つを挙げるなら、要約・文章直し・質問、このあたりがおすすめだ。

要約は、外部から手に入る長めの文章、たとえば読み終わったWeb記事や、目を通したニュース記事を丸ごと貼り付けて、「三百字くらいに要約してください」と頼んでみる、というだけでよい。元の文章と見比べれば、ちゃんと要点を拾えているか、勝手な追加が混ざっていないか、すぐに確認できる。第2章で触れた付箋の比喩で言えば、最初の付箋を実際に貼ってみる体験にあたる。

文章直しは、自分が書いたお知らせや案内文など、不特定多数に向けて公開する予定の短い文章を貼り付けて、「読みやすくしてください」「もう少し丁寧な言い回しにしてください」といった指示で頼む。元の文章と見比べて、どこをどう変えたかを観察すると、LLMがどんな手つきで日本語を扱うかがよく分かる。気に入らない直しがあれば、後で触れる聞き直しの練習にもなる。なお、特定の相手との個別のやり取り、たとえば取引先との往復メールのようなものは、相手の固有情報が乗る分、最初の試し打ちの題材としては避けておきたい。詳しくは第4章で扱う。

質問は、ここまでの二つとは少し趣が異なる。要約や文章直しと違って、素材を渡していない状態だからだ。質問をするときは、自分が少し詳しい分野でわざと尋ねるのがコツだ。出てきた答えに対して「ここは合っている」「ここは怪しい」と判断できるので、LLMの返答の癖が肌で分かる。第2章で触れたハルシネーションの感触も、自分の専門領域で試した方が早く掴める。逆に、まったく知らない分野で質問すると、それっぽい答えが返ってきても真偽の判断がつかず、運用感覚が育ちにくい。

この三つを一通り試すと、「とりあえずどんなものか分かった」という感触は得られるはずだ。そこから先、自分の業務のどこに使えそうかを考え始めても、土台ができている分、見当はつけやすくなる。

聞き方で答えが変わる

多くの場合、出力の質は聞き方に大きく左右される。第2章でも触れた通り、応用領域の話だけではなく、基本領域でも聞き方の差は出る。

漠然と「報告書を書いて」と頼むのと、「来週の会議で部内に共有する報告書を、A4一枚程度で、目的・経過・今後の予定の三つの見出しに分けて、敬体で書いてください」と頼むのとでは、戻ってくるものが別物になる。後者は長くて面倒に見えるかもしれないが、これは新人に仕事を頼むときに自然と添える情報と、ほぼ同じ内容だ。

聞き方の要素として、最初に意識するとよいものを並べておく。一つ目は目的、何のためのものかという話だ。二つ目は読み手、誰に向けて書くのかという話だ。三つ目は形式、長さや構成、文体の指定だ。四つ目は含めるべき内容と、外すべき内容だ。この四つを添えるだけで、結果はかなり安定する。すべてを毎回書く必要はないが、結果に不満があるときは、この四つのどれが抜けていたかを振り返ると、次の一手が見つかりやすい。

逆に、これらを丁寧に書けば書くほど良くなるかというと、そうでもない場面もある。短い指示で十分なときに長文の前提を添えると、かえって余計な情報に引っ張られた答えが返ってくることもある。聞き方の手間と結果の改善は、ある程度のところで頭打ちになる、という感覚も掴んでおくとよい。

ここで意識したいのは、聞き方に手をかけることは、結果として上司側の手間を下げる方向に働く、ということだ。指示出しの段階で十秒手間を増やすと、点検段階での直しが一分減る、という構図がよく成り立つ。最初は逆に手間が増えたように感じるかもしれないが、慣れると「先に揃えて渡した方が結局早い」という感覚に変わってくる。

うまくいかなかった時の対処

実のところ、一発で望み通りの答えが返ってくることは、それほど多くない。それでも構わない、と思っておく方が気が楽だ。LLMとのやり取りは一回で終わらせるものではなく、何度かのやり取りで仕上げていくものだ、と捉え直しておきたい。

うまくいかなかったときに取れる手立ては、いくつかある。

まず、指示の追加が基本だ。出てきた答えに対して、「もう少し短くしてください」「もっと丁寧な言い回しに直してください」「この部分はこう変えてください」といった追加の指示を続けて出すことができる。同じやり取りの中で会話が続くので、最初から全部を細かく指示しなくても、出てきたものを見てから方向修正していくやり方が成立する。

次に、条件を足し直す手がある。最初の指示には入れ忘れていた前提や、想定読者、含めてほしい項目を追加で渡す。新人に最初の指示で言い忘れたことを補足するのと同じ感覚だ。

それでも噛み合わないときは、聞き方そのものを変えてみる。同じことを別の角度から尋ねる、たとえば「報告書を書いて」が上手くいかなければ「報告書に入れる材料を箇条書きで出して」に切り替えて、こちらで組み立てる、という形だ。LLMにすべてを任せようとせず、上司側が骨組みを作ってLLMに肉付けを頼む、という分担に切り替えるだけで通る場面も多い。

それでも駄目なら、別のサービスを試してみるのも一つの選択肢だ。第1章で触れた通り、LLMには個性差がある。あるサービスでは噛み合わなかった指示が、別のサービスでは素直に通ることもある。ただし、これは最後の手段に近い。まずは聞き直し、条件追加、聞き方の変更で粘ってみる方が、運用感覚は早く育つ。

会話を続けて仕上げていく、という習慣は、慣れるまでは少し気恥ずかしいかもしれない。「もっと短く」「ここを直して」と何度も言うのは、新人を急かしているような感覚に近い。しかし、相手は人間ではないので、何度聞き直しても疲れたり機嫌が悪くなったりはしない。遠慮せずに聞き直す方が、結果的に欲しいものに早くたどり着ける。

「上手く聞く」は新しいスキル、ただし難しくはない

最後に、聞き方そのものについて少し補足しておきたい。LLMに上手く頼むためのコツは、近年「プロンプト」「プロンプトエンジニアリング」といった呼び名で語られることが増えてきた。新しい用語が並ぶと身構えるかもしれないが、本章で扱った内容を振り返れば分かるように、その中身の多くは「不慣れな部下に指示を出すときに自然とやっていること」と地続きだ。プログラミングのような特殊な技能ではなく、誰でも身につけられるスキルだ、と思っておいてよい。

逆に言えば、これは経験の積み重ねがそのまま効いてくる領域でもある。新人に仕事を振り慣れている人ほど、プロンプトのコツも早く呑み込みやすい。職場で人を育てる側に回ったことのある層にとっては、追加で覚えることはそれほど多くない、というのが実情に近い。

最初の一歩は、「触ってみる」「基本タスクで試す」「聞き方を少し工夫する」「うまくいかなかったら聞き直す」、この四つで十分だ。この四つを何回か繰り返しているうちに、「自分の業務のここに使えそうだ」「ここはまだ難しそうだ」という見当が、自然とついてくる。そこまで来れば、第4章以降で扱う注意点や、現場への持ち込み方の話も、自分の経験と紐づけて読めるようになっているはずだ。