世界は、無数の「瞳」に監視されている。
公的インフラという名目のもと、街角のカメラは膨大なログを吐き出し続け、人々の歩跡を冷徹に記録する。だが、その網の目には必ず「穴」がある。
かつて日向暁斗という一人の人間が、ありふれた日常の果てに跡形もなく消失したのは、組織が完璧な狩場として管理していた、わずか数メートルの「死角」だった。
今、深夜の国道を一台の大型トレーラーが走っている。
外見はどこにでもある、年季の入った運送車両だ。だが、その内部は外部からのあらゆる電波を遮断する二重の電磁シールドに守られた、この世界で最も安全で、最も不穏な「動くデッドゾーン」だった。
キャビンの中では、青白いモニターの光が、鏡合わせのように同じ規格、同じサイズで作られた二人の「ガラクタ」の横顔を照らしていた。
「……空也。次のポイントの特定、終わったか?」
ソファに深く沈み込み、依頼人との暗号化通信を捌いていた暁斗が声をかける。彼の指先は、かつて絶望に震えていた「材料」としての記憶を振り払い、今や正体不明の情報屋「ゴースト」として、冷徹な精度でキーボードを叩いている。
「……特定した。組織が次の『調達』に利用しようとしている、監視網の隙間だ」
ワークステーションの前に座る空也が、抑揚のない声で答える。
彼はかつて、組織の内側で「修理屋」として暁斗を診ていた側の人間だった。暁斗を救うためにすべてを裏切り、生身の時間を捨て、自らの意思でこの「鋼の檻」へと飛び込んできた、もう一人の幽霊だ。
「よし……『善良な市民』として、自治体に匿名クレームを入れてやるよ。あそこは、もうあいつらの狩場じゃねえってな」
暁斗が不敵に笑い、送信キーを叩く。
それは、世界で最も無害なフリをした、世界で最も悪辣な復讐の一環だった。
一方的に奪われた側と、自らすべてを捨てた側。
どちらが救われ、どちらが救ったのかさえ判別できない、世界で最も歪で、最も美しい共犯者たち。
「……行こうぜ、空也。俺たちの『永遠』は、まだ始まったばかりだ」
白いトレーラーは、サーチライトで夜の帳を切り裂き、次の「死角」へと加速していった。
このくそったれな世界の片隅で、誰にも見つからない、彼らだけの物語を刻み続けながら。