森の奥には、確かに噂通り、巨大な食肉植物がいた。
 それだけなら、わたしはそのまま、その縄張りを迂回していただろう。けれども、その中心部に埋まっている剣には、嫌というほど見覚えがあった。だってその剣は、あの子の……ルークスの、愛剣だ。
 もしかしてあの子は、この食肉植物に食べられて……?
 思わずカッとなって、魔法を放った。こんなに大きく育つなんて、あの子の他にもたくさんの犠牲者がいるはず。
 
 直ぐに倒せるかと思いきや、どれだけ本気で放っても、この植物はわたしの魔法を的確に空にいなした。
 そんな知能のある種族ではない。ないはずだ。
 幸いなことに、攻撃の意思は、ほとんど感じられない。
 かと言って、油断はしない。知能の高い魔物は、危険だ。

 やっと一撃を当てた。
 ほっとしたのも束の間、それ以降、ますます相手の反応が良くなってしまった。
 まるで、わたしが魔法を放つタイミングを知っているかのように、先を読み、蔦をしならせる。
 それはわたしに当たることこそないけれど、魔法は確実に弾いていく——それも、他のどの木々にも当たらないよう、空へ。

 ……攻撃の先読みなんて真似をする魔物が、危険でないはずがない。
 だけど同時に、それはわたしの知る誰かの戦い方でもあった。
 魔法のいなし方も、周囲に被害を出すまいとする甘さも。

 ——そう、わたしはこんな相手を、知っている。
 かつて、わたしが剣や魔法の基礎を叩き込んだあの子。
 力や魔力は未熟でも、間合いを読む勘の鋭さだけは天性のものだった。
 その動きと、酷く似ている。

 胸の奥がざわめく。まさか、そんなはずはない。
 だけど、もしそうだとしたら……何故そんな姿に……?

 確かめたいのに、問いかける言葉が喉に詰まった。
 その時だった。森の空気が、ぴりりと張りつめる。

 ——蜂だ。これは、人攫い蜂の羽音。しかも、かなり近い。

 わたしは反射的に魔力を練った。
 この状況で蜂まで加われば、わたしでも命を落とす可能性がある。
 ……この食肉植物が何者であろうと、今は敵ではないのかもしれない。
 それでも、判断を誤れば取り返しがつかない。

 次の瞬間、低い羽音が森を満たし、影が木々の間を走った。
 肌が粟立つ。あれがこちらへ向かってくるのが、音だけで分かった。
 わたしは魔法の構えを解かず、蜂の気配を睨みつけた。

第七章 こんな時に、いやだからこそ