踏み入った森の中は、まさに冬支度の真っ只中で、気配が忙しなかった。
いい加減に自立しなくてはという焦りで請けたのは、人攫い蜂の駆除の依頼。この季節は、冬に育てる幼虫の寄生先として大型動物や人族を襲い、攫って行くからな。
そう、後から思えば、俺は焦っていた。背丈だけは養い親を追い抜いて、気付いてしまったんだ。
俺は、いずれはこの養い親を置いて、先に逝ってしまうって。
俺の養い親、ディラオーネは長命種として有名なエルフで、だからきっと俺を一生養うくらい何でもないんだろうけど。俺は、ずっと手を引っ張られるんじゃなくて、自分の力でその隣に立ちたかった。
思わず握りしめた拳の中には愛用の剣の柄があり、依頼中だったと思い出す。
森の木々は赤や黄に染まり、足元には恵みの木の実が転がっている。ひらりひらり、落葉する景色はディラオーネなら風情があるとか言うのだろうけれど、その分、敵の動きを隠すから、俺はあまり好きじゃない。
情報によるとそろそろ蜂の縄張りに近いはず。耳を澄ませる、特徴的な羽音を探す。
ブブブ、と聞こえる、ああやはり。緊張で、背筋が冷える。
音の接近に対応して構えた剣の向こう、落葉の色に似ながら更に鮮やかな紅と黄の縞模様をしているのは、俺よりも大きな人攫い蜂。
大きく息を吐き、攻撃のために踏み込もうとして、
「……ッ、足が……!?」
唐突に崩れた足元、体勢が保てない。視界に落ち葉が舞うのが、やけにゆっくりと見えた。
思わず見下ろすと、足首に絡まっている蔦、いつの間に!? 自然と追った視線の先、蠢く蔦の塊、ああ何てツイてない。
「食肉種の蔦か!」
咄嗟に剣を地面に突き立てて踏ん張るも、蔦の引っ張る力に負けて、体が宙を舞う。
ちくしょう、俺は人攫い蜂を退治しなきゃいけないんだ!
退治して、ディラオーネの元に帰るんだ。こんなところで捕食されるわけには……死ぬわけには、いかないのに。
ふとした瞬間に寂しそうな顔をする養い親の、空虚な眼差しを思い出す。無意識のことと解っていても、あんな顔をさせたくなくて、俺は……
蔦の塊に引き擦り込まれる、絞め上げられる。
ああ、一人前になって帰るって、約束したのに。
首元に巻き付く蔦。手で毟り取りたくても、腕も捕らわれては届かない。
息が……できない。視界が、滲む。
灼熱が足元から這い上がる。溶かされて、いる……
……声にもできない。
必ず、戻るって……約束……した……
全てが、遠くなる。