季節が巡るのは早いもので、植え替えられてから、もう半年以上が経っていた。

 晩秋の陽が差し込む窓辺で、俺は両腕を伸ばした。
 土人形の関節が、ぎしり、と小さく鳴る。
 それでも、春先には動かすことすらできなかった腕だ。今ではこうして、ゆっくりとはいえ動く。

 俺のものだと納得してから土人形の器を動かすにあたって、先ずは根をもっと隅々まで細かく張り巡らせることから始めた。
 そう、まるで神経のように。
 土人形の器は力に溢れていたけれど、肝心の俺の根が弱り果てていて、濃厚な力に負けそうだった。
 で、根の成長を優先していたら、表に出せる部分にまで気を回せなかった。
 それは、ディラオーネをずいぶんとやきもきさせたらしい。
 まあ実際、根を伸ばすだけでクタクタになって、実際に土人形まで動かすに至るのには、かなりの時間を要した。

 最初の頃は、ディラオーネが両手で支えてくれなければ、座ることもできなかった。
 歩く練習では、足を一歩前に出すだけで全身に変な信号が走り、蔓も根もそれぞれ勝手に伸びようとする。そしてバランスを保てずに、転ける。「足は根じゃない」と自分に言い聞かせながら、何度も何度も繰り返した。

 声も同じだった。
 喉も口も形として存在しているのに、音を出すという行為がどういう感覚だったか忘れかけていた。
 そもそも、喉に空気を通すにはどうしたら良かったのだろうかと、途方に暮れた。
 かつて植物の体を思い通りに操るために捨てた、人間としての感覚は……なかなか、戻ってはくれなくて。

 ディラオーネは根気よく、短い言葉から始めさせた。
「おはよう」
「ただいま」
 ……最初は掠れた息の音にしかならなかったが、少しずつ声が形になっていった。

 夏が盛りを迎える頃には葉を育てる余裕もできて、土人形の外装から芽吹くようになっていた。
 肩口から垂れる淡い緑、首や肘、手首に巻きつく細蔓。
 秋になって葉が金に染まったときは落葉するかと焦ったけれど、どうやら落葉する種族ではなさそうで、ほっとしたのも懐かしい。
 自分の体のことなのに、まだまだ知らないことが多い。考えてみれば、植物の体になってからもまだ一、二年しか過ごしていないのだから、当たり前なのかもしれない。

「ずいぶん、あの頃の顔に戻ってきたね」
 ディラオーネの嬉しそうな言葉に、胸の奥が少し熱くなる。
 それは人間としての俺の顔なのか、植物としての俺の顔なのか、敢えて聞き返しはしなかったけれど。
 ただ、今の俺は確かに——ここで、生きている。

 努力の甲斐あって、動きや声は少しずつ軽くなっていった。
 一方で、根の感覚も、水の流れも、森の匂いも、相変わらず俺の中にある。
 人間に戻ったわけじゃない。もう、戻れない。
 それでも、この体で前に進むことはできると、そう思えた。

 窓の外では、木々の葉が風に揺れている。
 風に潜む冷たさ、乾燥具合から、冬が近いのは明白だった。

 ここしばらく、冬は眠りと変化の季節だった。
 食肉植物になってしまったのも冬だったし、この器に植え替えられたのもまた冬で、俺はいつも意識が途切れていた。
 正直、怖くないと言えば、嘘になる。手が震えているのは寒さのせいというよりも、俺の恐怖の反映だ。
 願わくば、今年は、何事もなく。

 最近、よくディラオーネの視線を感じる。俺の不安や恐怖は、見透かされているのかもしれない。
 俺の手が震えていたら、そっと己の手と繋いでくれる。その温もりが懐かしくて、ありがたくて、愛しかった。

幕間五 新しい、約束をしましょう