その日、俺はいつものように飯を食いながら、推しの「学者先生」の異界探索配信を眺めていた。
 場所は『屍蔓(しかずら)の森』。そこにしかいないという屍蔓(しかずら)に取り()かれたら最後、苗床(なえどこ)にされるっていう最悪な場所だが、先生の解説があれば安全な特等席だ。
(みな)さん見てください! あれが未発見の遺跡(いせき)……「(いおり)」です!』
 先生が興奮(こうふん)気味にドローンカメラを回したその時、画面の端に「それ」が映った。
 ボロボロの服に、腕や首筋を()禍々(まがまが)しい斑入(ふい)りの(つた)
「うわ、出た。屍蔓憑(しかずらつ)きだ」
 コメント(らん)が一気に加速する。「逃げろ」「殺せ」「キモい」……罵詈雑言(ばりぞうごん)(あらし)。案内役の冒険者が「魔物だ!」と叫び、魔法を放つ。だが、その異形(いぎょう)は信じられない速度で(つた)を動かして攻撃(こうげき)(はじ)き、森の奥へと消えた。
『追うぞ』
 次いで今回の護衛(ごえい)の最高戦力、高峰(たかみね)篤司(あつし)が飛び出した。
 高峰(たかみね)篤司(あつし)。確か協会職員兼任の凄腕(すごうで)で、自身の配信(チャンネル)も持っている有名人だ。先生の配信詳細に彼の配信(チャンネル)へのリンクがあったので、俺は迷わずクリックした。
「……何だ、この動き」
 画面が切り替わった瞬間、俺は息を()んだ。
 高峰(たかみね)さんのドローンが(とら)えていたのは、異次元の追いかけっこだった。
 逃げる「魔物」は、人間離れした跳躍(ちょうやく)倒木(とうぼく)()え、どれだけ走っても肩で息をする素振(そぶ)りすらない。(がけ)(すべ)り落ち、追い()められたその瞬間、画面越しに「魔物」と目が合った。
 ——泣きそうな、(ふる)える少年の目だった。 
 学者先生の所から変わらず罵詈雑言(ばりぞうごん)の多かったコメント(らん)が止まる。
『……え、こいつ、泣いてる?』
『魔物じゃなくて、人間……?』
 その時、異常なことが起きた。
 少年を守るように増殖(ぞうしょく)した(つた)が、パニックを起こして少年を締め上げ始めたんだ。見てるだけで骨が折れそうな圧。だが、高峰(たかみね)さんが「(はな)してやれ」と声をかけた瞬間……。
 (つた)が、少年の(ほお)()でた。
 不器用に、何度も。まるで幼子(おさなご)をあやす母親みたいに。
 (つた)の葉の(ふち)からは、雪みたいな白い光がポコポコと(あふ)れ出し、少年の涙を照らしていた。 
(うそ)だろ。屍蔓(しかずら)が、人間を(なぐさ)めてる……?』
『何これ。尊いんだけど』
『待って、高峰(たかみね)さんのツールが映してる画面ちょっと拡大して見て! この子、()されてる! さっきの案内人に!!』
 そこからはもう、祭りどころじゃなかった。
 学者先生のチャンネルからは、俺以外にも数万単位の視聴者が雪崩(なだ)()んでたもんだから、ネットのトレンドは「#屍蔓憑(しかずらつ)き」と「#案内人逮捕(たいほ)」で()()くされた。
 俺は、画面の中でおずおずと高峰(たかみね)さんに保護(ほご)される少年――深山(みやま)智樹(ともき)をじっと見つめていた。
 あの日、俺たちは間違いなく「奇跡(きせき)」を見たんだ。
 人間を辞めたはずの少年が、異形(いぎょう)の隣人と共に「生きて帰る」という、最高にえぐくて、最高に美しい奇跡(きせき)を。

癒蔓の子・番外編:淵源の審議(臨時役員会議)