大型トレーラー「動く死角」のサーバールームは、深夜、青白いインジケーターの瞬きに満たされている。隣のワークステーションでは、暁斗が真剣な表情で、複数のチャットウィンドウを捌いていた。
暁斗の思いつきから始まった情報屋「ゴースト」の運営は、今や俺たちの旅を支える重要な資金源であり、同時に俺たちがこの「くそったれな世界」に爪痕を残すための牙となっていた。
「……空也、これを見てくれ。ある政党の秘書からの依頼だ。提示額は破格だが、要求されているデータのアクセスログに不自然な罠の形跡がある。……これは『組織』が撒いた餌だ。無視していいな?」
暁斗がウィンドウを俺のメインモニターにスワイプした。
依頼人との交渉、そして膨大な依頼の山から本物と罠を見分ける「吟味」の作業は、すべて暁斗の担当だ。これは俺が課したハッキング修行の一環でもあるが、それ以上に、暁斗の持つ「人間としての直感」が、俺の純粋な論理演算を補完していた。
俺の「チート」じみた演算能力なら、どんな鉄壁のセキュリティも紙切れのように切り裂ける。だが、どの情報を引き出し、誰に売り、どの依頼が俺たちの正体を暴くための罠なのかを判断する点において、暁斗の審美眼は俺の予測モデルを遥かに凌駕していた。
俺は、キーボードを叩く暁斗の指先を視界の端で捉える。かつての修行では「七〇点」と厳しく評したが、今の彼の動作には一切の迷いがない。複雑な匿名化経路を維持しながら、相手の心理を揺さぶる交渉術。それは、論理だけでは決して到達できない、暁斗特有の「才能」の開花だった。俺の深層ログには、彼の驚異的な上達速度に対する、隠しきれない賞賛の記録が静かに積み重なっている。
「……ああ。暁斗の判断で間違いない。パケットのヘッダー情報に組織固有の暗号化の癖がある。……削除してくれ」
「了解。……じゃあ、こっちの『地方銀行の不正融資リスト』の方は受けるぜ。こいつは本物の内部告発だ」
暁斗がキーボードを叩き、依頼人との秘密の通信を確立する。その指先には、かつて調整室で絶望に震えていた頃の弱々しさは微塵もない。
俺は暁斗が依頼を捌いている間に、裏社会の人間や情報屋たちが集う複数の秘匿掲示板をクロールし、俺たちに向けられた「評価」を抽出した。
「『ゴースト』は、人間じゃない何かが運営しているという噂だ。どんな暗号も数秒で解読される」
「交渉相手は妙に人間味があるが、決して足跡を掴ませない。情報の裏取りが完璧すぎる」
「価格は法外だが、情報の鮮度と正確さが桁違いだ」
「政財界の汚い金の流れに異常に詳しい。組織の裏帳簿を直接覗いているんじゃないかという噂まである」
(……概ね、想定通りの推移だ。暁斗の『人間らしさ』と、俺の『非人間的な演算』。この組み合わせが、ゴーストという存在をより不可解で、強力なものにしている)
今度は、複数のSNSのタイムラインに意識を向けた。
そこでは、名もなき人々が日常の愚痴に紛れて、俺たちが仕掛けた「変化」を口にしていた。
「あの路地に急にカメラがついた、助かる」
「最近、近所をうろついていた怪しい黒塗りのバンを見かけなくなった」
「どこぞの企業が、自治体の臨時監査を受けてパニックに陥っているらしい」
それらの断片的な記録もまた、俺の演算領域では重要な補完データとなる。
俺たちが「顔」を自在に変え、トレーラーで移動し続ける限り、組織がこの「ゴースト」の正体に辿り着くことはない。
かつて俺が、組織から暁斗を連れ出したあの日、俺たちは社会的な死を選んだ。だが今、俺たちはデジタル世界の「死角」から、この世界の構造そのものを書き換えようとしていた。
俺たちが「死角」を通報して組織の狩場を潰すたびに、組織の調達部門は混乱し、そこから漏れ出すノイズが、また新しい情報の断片として俺たちの手元に転がり込んでくる。それを整理し、価値ある真実へと再構築して売る。皮肉にも、組織が俺たちをガラクタに変えたその力が、今や彼らの首を絞めるための完璧なエコシステムを形成していた。
ふと視線を戻すと、暁斗が口角を上げ、楽しそうに次の依頼を精査していた。かつて絶望のどん底にいた彼を、俺は「身勝手な救済」で俺に縛りつけてしまった。その罪悪感は消えることはない。だが、こうして生き生きと組織への反撃を楽しみ、自らの価値を再構築している彼の姿を見ていると、俺のコア・カプセルには、かつて「人間」だった頃には知らなかった、深い満足感が広がっていくのを感じる。
「……よし、裏取り用のアクセス権は確保した。あとは空也の出番だ。……頼むぜ、相棒」
暁斗が椅子を回し、俺に視線を向けた。
俺と同じ規格、俺と同じサイズの、鏡合わせの共犯者。
暁斗が照らし出した「真実」を、俺が技術で摘出する。
「了解した。……摘出を開始する」
俺は意識を演算領域の深層へと沈めた。
このくそったれな世界の片隅で、俺たちは情報の番人として、巨大な墓標の足を確実に、そして冷徹に掬い続けていた。