動きはもう安定してきた、とディラオーネが言った。
だから今日は、リハビリも兼ねて俺の服を買いに、街まで足を延ばすことになった。森から離れるのは久しぶりだ。人混みの中を歩くのは——何年ぶりになるだろう。
街の門をくぐると、やけに視線を感じる。……まあ、久しぶりの人混みだし、慣れていないせいだろう。深く考えずに市場へ足を進めるが、色と匂いと人声が押し寄せ、頭が少しぼうっとする。
そんな様子を察したのか、ディラオーネが「少し休みましょう」と喫茶店へ誘ってくれた。理由は分からないけれど、ありがたい。そう思った瞬間——つい首元の蔓が伸び、先端に花が咲きかけた。……危ない。慌ててうつむく。
喫茶店では薬草茶とケーキを頼んだ。口に含むと、ちゃんと味がするのが嬉しい。少しずつ吸収していたら、ディラオーネに、食べるのならちゃんと顎を動かしなさいと注意された。うっかりしていた。確かにケーキは固形なんだから、噛む真似が必要だった。もっと人間らしく、溶解液を鳩尾付近で出すように調整するべきだろうか。
休憩のあとは今日の目的地である服屋に向かった。ディラオーネがうきうきとして、あれもこれもと服を選んでくれる。
試着室で鏡を見て、思わず固まった。
……うわ、美形すぎだろ、これ。普段はディラオーネと二人きりだったから、何の違和感もなく慣れてしまっていたけれど——ハイエルフのディラオーネと並んで全く遜色がないって、よく考えたらすごいことだよな? そりゃ、視線も集まるわけだ。
しかも葉っぱ、ぴこぴこ動いてるし……喫茶店に行く前も咲きかけたし……これ、感情まる見えだったんじゃないか!? ディラオーネが喫茶店で休憩することを提案してくれたのも、もしかして……
今さら気付いて赤面する羽目になった。そうしたら、蔓も無意味にクルクルと巻き始めて……うわあうわあ。これは、恥ずかしい。
店を出て間もなく、甲高い悲鳴が上がる。空を見上げれば、ワイバーンが旋回していた。
すぐ近くの一般人が狙われ、反射的に庇う。爪が掠めて痛みが走るが、これくらい、大したことはない。むしろ、ディラオーネがすぐに前へ出て迎撃に移った。
魔力の流れが一瞬で濃くなったのを感じた。ワイバーンの口元はまだ開いていなかったが、俺には分かった——ブレスが来る。考えるよりも先に、近くにあった何かを——水樽を掴んで投げつけた。それはワイバーンの顎に見事に直撃し、ブレスは空に散る。体勢を崩したワイバーンはそのままディラオーネに討たれたけれど、俺は正直それどころではなかった。この体……水樽を軽々と、片手でぶん投げやがった。一体どんな膂力をしているんだ。
ディラオーネが駆け寄ってきた頃には、さっきの掠り傷も自己修復能力でほぼ治っていた。
ディラオーネは無傷な俺をざっと見て、ふと眉を寄せた。
「……あのとき、どうしてブレスが来ることが?」
「魔力が変わったから」
正直にそう答えた瞬間、ディラオーネの目が細くなった。そのまま、値踏みするかのような視線が下がる。釣られて見下ろせば、服がびしょびしょだ。咄嗟に投げたは良いが、ワイバーンの顎に当たった水樽、衝撃で破裂したから……
「生活魔法で乾かしましょう。多分、使えるようになっているから。わたしの真似をして」
有無を言わせない雰囲気に押されて頷くと、ディラオーネはいつもより余程丁寧にゆっくりと魔力を動かした。それを、恐る恐る真似すると——意外なほどあっさりと魔力が動かせて——本当に、汚れも水気も消えた。
できた……! 人間だった頃は全く才能がなくて、諦めていたのに。
嬉しくて、ついまた花が咲く。……もう、今日は何回目だよ。
そのまま帰ろうとしていたら冒険者ギルドの職員に捕まり、ギルドまで連行された。ワイバーンを倒したパーティを、無報酬で帰すわけにはいかないんだそうだ。
ディラオーネは断るかと思ったのに、何かを考える仕草をして、了承した。
「あなた、冒険者登録をやり直す必要があると思う」
言われてみれば、そうだった。かつて身分証明の手段として持っていた冒険者証はとっくに溶かされて、多分俺自身も死亡扱いだろう。
異常な魔力波形や異常な魔力量など色々問題があったけれど、結局ディラオーネのゴリ押しで何とか冒険者証を再取得させてもらえた時は、ほっとした。
やっと帰宅して椅子に腰を下ろしたとき、思わず笑ってしまった。
「……何か今日は、盛りだくさんだった」