数日前までは、森は雪に完全に閉ざされていた。
けれど今は、枝先に小さな芽がほころび、土の匂いが濃くなっている。
暖炉の前で越した長い冬が、ようやく終わる。
ディラオーネが玄関の扉を開ける。吹き込んだ風は冬よりもだいぶ柔らかく、踊る陽光は生命の息吹に満ちていた。
「行きましょう」
頷き、ぎこちないながらも自分の足で立つ。
足裏に感じる重みの大きさは、土人形の体を、俺が自分で動かしている証だ。
小径を抜け、森を見渡せる丘へ出る。
春風が頬を撫でたのが嬉しくて、肩口から伸びた若葉を揺らした。
ふと、肘や手首に新芽ではなく、小さな蕾がついているのが、視界の端に映る。
——ああ、俺は今、花を咲かせようとしているんだ。
去年も一昨年もそんな余裕なんてなくて、初めて咲かせる、俺の花。
「ずっと、一緒だ」
自分でも驚くほど、声はまっすぐに出た。
隣で立つディラオーネが、目を細めて笑う。
その笑みは、俺を初めて拾ったあの日と同じで、でもずっと穏やかだった。
見下ろす森は、これから色を変えていく。
新しい季節を、隣で迎えるために——俺はここに立っている。
花咲く春の風の中、土人形の器にも、小さな花がいくつも開いていた。