ああ、なんだか(つか)れたなぁ。枕元(まくらもと)で鳴り続ける目覚ましから()げたくて、頭から布団(ふとん)をかぶる。
 一体、どこの(だれ)だよ。医者にでもなれば、(みんな)から感謝されるだろうって考えたの。
 ……昔のオレだよ、こんちくしょう。
 現実は非情だ。そりゃ、感謝されることもあれば、逆に(ののし)られることだってある。所詮(しょせん)、オレは神様でも仏様でもないのだから、人様全員を救うだなんてできる訳がなかったのである。ちょっとでも頭を働かせれば、わかったことだろうがよ。昔のオレよ。
 夢と希望に燃えていた頃は良かった。がむしゃらに勉強したし、必死で働けた。けれど、そのうち現実ってもんが見えてくる。一度頭が冷えてしまったら、一気に(つか)れが()し寄せてきた……というか、やっと自分が(つか)れていたんだと自覚した。
 そうして、草臥(くたび)れたオッサンが一人、出来上(できあ)がってしまったという次第。
 目覚ましは鳴り続けている。本日三個目の目覚ましだ。起きるのも億劫(おっくう)になり、枕元(まくらもと)の目覚ましは増える一方である。そろそろ起きなければ、仕事に差し支える。頭では(わか)っちゃいるものの。
 いっそ全てを投げ出して、どこか遠くへ消えてしまおうか。
 脳裏(のうり)によぎった(あま)誘惑(ゆうわく)()(はら)うべく、ガバリと起き上がる。
 でも決めた。近々、有給休暇を取ってやろうじゃないか。
 やっと目覚まし時計に手を伸ばし、一日の段取りを考え始める。
 勿論(もちろん)、思ってもいなかった。自分が、盛大なフラグを立てた、なんてことは。

1-02【神隠しに遭うだなんて、思わなかった】