有給休暇は、消化しないといけないものらしい。取得を申請(しんせい)したら、医局秘書に泣いて喜ばれた。
 そんな訳で、明日から久々の三連休である。一日は確実に寝潰(ねつぶ)すとしても、まだ二日間も休みがある。部屋の片隅(かたすみ)に山と置いてある積読(つんどく)(くず)すか、それともネット小説のシリーズものを一気読みするか。異世界転生・転移もののライトノベルは、さほど頭を使わずとも楽しめるのが良い。手軽に現実からも逃避(とうひ)できて……なんて、考えていたのが、悪かったのだろうか。
 とても不気味な、夢を見ている。
「気軽に現実から逃避(とうひ)して、どこか遠くへ消えてしまおうか」
 気持ち悪いほどのにこやかさ、軽やかな声で、オレの姿をした何者かが笑う。
「人様全員を救うだなんて、できる訳がないんだもの。(みんな)に感謝されるだなんて、所詮(しょせん)は絵空事だ。(ちが)うかい?」
 (ちが)わない。その通りだ。理性ではそう思うのに、(くや)しくて、言葉が出ない。胸が詰まって、重苦しくて……
「ふふっ。イイね、その顔!」
 ニンマリと、オレそっくりの顔が(ゆが)む。
「願いを(かな)えてあげようじゃないか、(じん)。この現実からは逃避(とうひ)して、新天地で(みんな)に感謝されるが良いさ。そうすることで、ボクの世界も救われる……」
 グニャリ、今度は世界が(ゆが)んだ。馴染(なじ)んだそこから唐突(とうとつ)に雑に引き()がされて、夢の中にいる(はず)なのに、気が遠くなっていった。
 そう、そうしてオレは、さらわれた。

1-03【人間をやめるだなんて、思わなかった】