『癒蔓の森』に、二十年前と同じような湿った冬の風が吹き抜けていた。
深山智樹の姿は、あの日から何一つ変わっていない。斑入りの葉を揺らし、瑞々しい肌と十八歳の相貌を保ったまま、彼は「専門家」として森に立っていた。
対照的に、隣を歩く高峰篤司の側頭部には白いものが混じり、眉間の皺は深く刻まれている。
「……篤司さん、無理は禁物ですよ。ここは足場が悪いですから」
「分かってる。お前こそ、ドローンの位置が低いぞ」
ぶっきらぼうなやり取りは、二十年間繰り返されてきた日常だ。しかし、異変は一瞬だった。
結界の歪みから現れた、想定外の大型魔物。智樹を狙った鋭い爪が空を裂く。
「智樹、伏せろ!」
智樹とユキが反応するよりも先に、篤司が動いていた。だが、五十歳を過ぎた肉体は、全盛期のイメージを裏切る。回避は間に合わない。
ドスッ、という嫌な音がして、篤司の左胸が深く抉られた。
「篤司さん!!」
智樹の絶叫が響く。崩れ落ちる篤司の口から、気泡の混じった鮮血が溢れた。肺をやられている。
周囲の癒蔓たちが、血の匂いに惹かれてザワザワと蠢き始めた。彼らの本能が叫んでいる。「傷ついている。助けなければ」と。
「篤司さん、……嘘だ、待ってください、いま、ユキが……!」
智樹の手が震える。癒蔓を植え付ければ助かる。だが、それは篤司を「人間」から逸脱させることだ。自分が知る、あの終わりのない渇きと異質さを、この人に背負わせて良いのか。
迷う智樹の襟を、血塗れの手が掴んだ。
「……寄越せ」
「え……?」
「その、癒蔓を……寄越せ、智樹」
喘鳴混じりの声には、鋼のような意志が宿っていた。
二十年間、隣で見守り続けてきた男の覚悟。智樹一人に背負わせてきた「孤独な時間」を、今度は自分が引き受けるという決意。
「……馬鹿ですか、篤司さん」
智樹は泣きながら、けれど確かな手つきで、一株の若々しい癒蔓を篤司の傷口へと導いた。