一度諦めが勝って受け容れてしまえば、この生活も決して悪いことばかりではなく。翌朝、それまでとは違ってすっきりした目覚めを迎えた智樹が改めて気付いたのは、己が水場の場所を感知できるという事実だった。
目が覚める度に大量の水を飲んでいる智樹であるが、水辺に辿り着くのに難儀した覚えがないのだ。今も、「あっちに水場がある」という確信がある。そしてその通り動けば、実際に水辺に出ることができる。
水を手で掬って——ちょっとまどろっこしいな、と思った。何せ、リットル単位で水を飲まないと気が済まないのだ。
(こう、水魔法か何かで、水を直接口元まで……)
できるとは思っていなかった。智樹はそこまで水魔法に精通していない。
なのに水面を見下ろした瞬間、腹の奥が——根の辺りが、先に「飲め」と脈打った。
喉の渇きとは別の衝動が、内側から水を引っ張る感覚。智樹本人の意識は、それに遅れて追いすがる。
「……は?」
水面が破れ、細い水柱が立った。まっすぐに、当然のように、智樹の口元まで。
どうぞ飲め、と差し出されている。それを成したのが、他ならない自分の魔力だと分かってしまうのが、一番気持ち悪い。
——考えるのをやめた。便利だ。……便利で、怖い。今は、便利が勝った。
相変わらず水を飲んでいる間の智樹は呼吸の存在を忘れているが、それについてはこの日も気付くことなく欲求のままに水を飲み、内側からの充足感に満足げな吐息を漏らした。
そしてふわふわとした気持ちのまま、今度は日当たりの良い場所まで出て、陽光を浴びる。ますます気持ちが良くて、このまま昼寝ができそうな勢いだ。視界には蔦がいっぱいあるが、割り切った。今更引き剥がせないのだ。
小腹が空いてきたタイミングで小動物を狩り、食べる。火魔法は相変わらず無理で、魔道具に頼らないといけない。使えなくなった火魔法、裏腹に得意になった水魔法。もしかしたら、原因は——白い光の幻影に震え、その気持ちには一旦、蓋をする。
食後、身体の内側で歓喜するように蠢く根や、明らかに自分のものではない「あたたかい」という感覚にはまだ慣れなくて、身体がびくりと跳ねる。いずれは、慣れていくのかもしれないけれど。
辺りが暗くなると、ドローンを抱えて身体を丸める。すると蔦が周りを囲ってきて、まるで揺籠のようだ。そして、また次の朝が来るまで、眠る。
起きる、水を飲む、日光を浴びる、狩りをして食べる、そしてまた——完全に自給自足のサバイバルな日々が繰り返される。その中でふと気付く、確実な以前との違い。
こう、空気の重だるさに敏感になったな、とか、それは雨の予兆だと分かるようになったとか。ずっと移動していても息が上がらないな、とか、そもそもそこまで疲れないぞ、とか。喜んで良いのか、悲しんで良いのか、智樹としては一々悩んでしまうのだけれど、でも最終的には受け容れていった。
「……水場は、あっち。でも、雨も近い、から」
近寄ってきた自分のドローンに向けて、智樹は力なく笑う。
かつてあんなに怖かった屍蔓が、今は自分を森で生かす最高のサバイバルツールになっている。
受け容れることを意識し出してから、身体はひどく楽になった。痛みもなく、息も切れず、排泄の煩わしささえない。
(俺……冒険者やってた頃より、今の方がずっと、この森に適応してる)
その事実に気づいた時、智樹は自分の中に芽生えたのが「恐怖」ではなく、乾いた「可笑しさ」であることに気づいた。
諦めは、少しずつ愛着へと形を変えようとしていた。