——祝福を。
 久々に響いた明確な声に、わたしは咄嗟にお腹に掌を添えた。
 どうしてそこを意識したのかは、分からない。本能的な勘としか、言いようが。

 掌を添えたお腹の奥で、微かな脈動が伝わってきた。
 まだかすかな、鼓動と呼べるかどうかも分からない震え。けれど確かに、わたしの体の中に自分ではない存在が芽吹いている。
 
「……詩織」
 横を見ると、灯香もお腹に手を添えていた。
 頬は紅潮し、髪には深い緑が混じっている。吐花の痕跡は一度もないのに、植物の形質発現は確かにそこにあった。
 最初から、彼女は【共生の道】を歩んでいたのだ。わたしの為だけに昼間は一緒に光合成をして、夜はその酸素を分け与えてくれる。

 わたしはそっと彼女の手首を取る。
 脈が伝わる。普段より柔らかく、二重に重なるような律動。血管の奥にもう一つの小さな拍が潜んでいる。
 ——妊娠の脈。確信せざるを得なかった。

「……灯香、あなたも」
 声が震えた。
「うん……」
 彼女は頷き、泣き笑いしながらお腹を撫でた。

「どうして、同時になんて……」
 答えは誰にも分からない。寄生植物の意思なのか、それとも——わたしたち自身の願いが重なったせいか。
 理由はどうでもよかった。ただ、ここに確かに存在している。

 涙と笑いが同時にこぼれ、二人で寄り添い合う。
 窓辺の光に緑の透けた髪が並んで揺れる。
 指先に伝わる小さな鼓動を確かめながら、同じ未来を抱いていることを悟る。

「頑張って産もうね」
「うん。ふたりで育てようね」
「うん」

 前例のない妊娠、今度こそ同僚たちの度肝を抜くに違いない。はぐらかすことも、もう限界だろう。それでも、わたしたちはこの道を選んだ。
 わたしの決意に気付いたらしい灯香と、再び密やかに笑い合う。
 わたしたちの息と鼓動は重なり合い、やがて一つの旋律のように揃っていった。

エピローグ 蔦の指輪(灯香)