あの通話から一夜明け、翌日のお昼過ぎ。ようやく、二度目の通話が繋がった。
 スマホ越しの詩織の声は、昨夜よりもずっと落ち着いていた。
 あの時は吐き気に押し潰されそうで、言葉を絞り出すのもやっとだったのに。
 今日は違う。息の整い方も、声の張りも。
 ——奇跡みたいに、元気になっている。

「……本当に、大丈夫なの?」
 思わず何度も同じことを訊いてしまう。

「大丈夫……と言い切れるほどじゃないけど。昨夜よりは、楽」
 詩織はそう答えて、少し笑った。
 その笑みを想像するだけで、胸の奥の緊張がふっとほどけていく。

 そこから二人で、互いの持っている情報を少しずつ出し合った。
 詩織は夢の声と、体の中で起きている「吐かない変化」の感覚。
 あたしは調べ上げた因果の地図と、隠された研究所の実態。

 バラバラの断片が、一本の糸で結ばれるように重なっていく。
 そしてその中心にあるのは、やはり——寄生植物。
 宿主に花を吐かせるだけじゃない。髪を緑に変え、内臓を補い、延命させる。
 人と植物が共に在るための、もう一つの道。

 話せば話すほど、胸の奥で熱が膨らんでいった。
 詩織が、その可能性を掴んだ。
 なら——あたしだって。
 胸の奥で言葉にならない熱が膨らんでいく。

「……もしさ」
 思い付きに、口が勝手に動いていた。
「もし、あたしも感染したら……詩織と同じふうに、変われるのかな」

 通話の向こうで、一瞬の沈黙。
「灯香、それは——」
「だって! 寄生植物は宿主に、植物の形質を引き出すんでしょ? だったら二人で同じふうに変わって、同じ体でいられる。詩織が一人で苦しむ必要だってなくなる。……それに」

 喉がひゅっと鳴った。言葉にするには、あまりに危うい考えだと分かっていた。
 けれど熱に浮かされたように、言葉は止まらなかった。

「……もしそれで、子どもの種を宿せるのなら」

 詩織と同じ病を背負って、同じ形に変わって、それでも生き延びて。
 その先に、二人で新しい命を育てられる可能性があるなら。
 花吐き病なんて名前で終わらせる必要はない。——それは祝福だって言える。

「灯香……!」
 詩織の声が強く響いた。制止しようとしているのは分かった。
 けれど、もう後戻りできなかった。

「だって、あたしたち家族になれなかったじゃん。制度も、書類も、みんな壁だった。でももし、植物があたしたちを繋げてくれるなら——それでいい。いや、それがいいんだ」

 声が震えていた。
 愛情なのか、焦燥なのか、自分でももう分からなかった。
 子どもなんていなくたって、と詩織なら言うだろう。でも、あたしはあたしたちの生きた証を——あたしたちの血を継ぐ子どもを持つことに、強く憧れていた。普段は茶化してしまうほど馬鹿馬鹿しい実現不可能な夢が、叶う可能性が、あるなんて。

「それは危険だよ!」
 詩織の声が、スマホ越しにも鋭く突き刺さった。
「花吐き病がどれだけ命を奪ってきたか、わたしが一番見てきた。もし灯香まで感染したら、助かるどころか……取り返しがつかなくなるかもしれない」

「でも、あたしにはこれしか道がないんだよ!」
 気付けば声を荒げていた。今まで互いに遠慮したり茶化して誤魔化してきたことが、もう取り繕えない。
「詩織がどんどん遠くに行っちゃうのに、あたしは諦めるしかないの? 電話しても着替えを持って行っても拒まれて、病名すら聞けなくて……そんなのもう耐えられない!」

 自分でも驚くほど、涙がにじんでいた。
「もし同じように変われたら、今度こそ一緒にいられる。子どもだって授かれるかもしれない。制度が何を言ったって、もう関係ない。髪が緑になろうが、指先から葉が出ようが、あたしは——」

「灯香!」
 強い呼びかけに、言葉が喉で止まった。
 通話の向こうで、詩織が必死に息を整えているのが分かる。
「……わたしは、生きたい。灯香と一緒に。だから、お願い。そんな無茶を言わないで」

 その声に、心臓が痛くなるほど締め付けられた。
 でも、理性がどうにか押しとどめても、胸の奥の熱は消えてくれなかった。

第十一章 可能性の影(詩織)