「AI」と言ってもいろいろある
「AI」という言葉はここ数年で急速に身近なものになったが、その中身は一つではない。画像を解析するのもAI、音声を文字に起こすのもAI、自動運転もAI、囲碁や将棋で人間に勝つのもAI。同じ「AI」と呼ばれていても、できることも使われ方もずいぶん違う。
本書が扱うのは、その中でも近年特に話題の中心になっているLLM(大規模言語モデル、Large Language Model)と呼ばれるタイプのAIだ。ChatGPT、Claude、Geminiといった名前のサービスが代表例で、こちらが入力した文章を読んで、文章で返してくれる。普段の言葉でやり取りできるためか、最も触れやすいAIという印象を持たれることが多い。
一つ先回りして言っておくと、LLMは「言葉を扱う」ことが本業のAIだ。「画像を生成する」「音声を文字に起こす」といった他の仕事は、それぞれ別のAIが担っている。最近のサービスは複数のAIを裏でうまく繋いで動かしているので、外から見ると「ChatGPTが絵を描いた」ように見えることもあるが、実際には「ChatGPTが、絵を描く別のAIに指示を出して描かせている」ことが多い。LLMはこの種の指揮役を任されやすい立場にある、と思っておくとよい。
LLMは何をしているのか
LLMの中身をざっくり言うと、「大量の文章を読み込んで、次にどんな言葉が来そうかのパターンを学んだプログラム」になる。学習に使われているのは、ネット上の記事、書籍、論文、SNSの投稿など、人間が書いた膨大な量のテキストだ。
質問を投げると、それまで読んできたパターンに照らして「こう聞かれたら、こう答えるのがもっともらしい」という言葉を順に並べていく。人間のように考えて答えているわけではなく、確率的にそれっぽい言葉を組み立てているだけである。だが、「それっぽい」が人間の感覚と高い精度で一致するため、まるで知的な相手と話しているように感じられる。
イメージとしては、過去の議事録や報告書を膨大に読み込んだ人が、新しい議題に対しても「たぶんこういう流れで議論されるだろう」と、それっぽい議事録の続きを書ける、そんな感じに近い。書ける内容の質は、読んだ量と質に大きく左右される。
ここで押さえておきたいのは、LLMは事実をデータベースとして記憶しているわけではない、ということだ。生成された答えが必ずしも事実そのものとは限らないという特性は、思わぬ落とし穴の元にもなる。この章で後述する「賢い検索エンジン」ではない、という節にてもう少し詳しく説明する。
得意なことと、苦手なこと
LLMが得意とするのは、言葉を扱う仕事全般だ。すでにある文章を別の形に組み替えたり、足りない言葉を埋めたり、文章どうしを並べて見比べたりといった、言葉の世界の中で完結する作業の多くは、かなり高い水準でこなせる。学習に使われた膨大なテキストの中に、似たような作業の例が大量に含まれているためで、LLMにとっては本領発揮の領域になる。具体的にどんな作業が得意で、どんな作業はまだ難しいのかは、第2章で「基本」と「応用」に分けて改めて整理する。
一方で、苦手なこともはっきりしている。正確な計算は電卓に劣るし、最新の情報は学習に使われたデータの時点で止まっているため、「昨日のニュース」や「今週改正された法令」を聞いても答えは怪しい。画像や音声を細かく読み取る能力も、改善は進んでいるとはいえ、本質的には「言葉のAI」だと割り切った方がよい。前節で触れたとおり、絵を描いたり音声を文字に起こしたりといった作業は、たいてい別のAIが裏で動いていて、LLMはその仲介役を担っているにすぎない。
そして、得意領域である言葉の取り扱いの中にも厄介な落とし穴が一つある。LLMはもっともらしい嘘を堂々と語ることがあり、これはハルシネーションと呼ばれている。第2章でまとめて扱う。
ざっくりした分け方としては、「言葉の形を整える仕事」は得意、「事実の正確性を保証する仕事」は苦手、と覚えておくとよい。
「賢い検索エンジン」ではない
LLMをGoogle検索の延長線上にあるツールと捉えていると、使い始めてから戸惑うことが多い。検索エンジンは「Webのどこかに書いてある情報を見つけて、そのままリンクで返す」仕組みだが、LLMは「学習したパターンから、それっぽい答えを生成して返す」仕組みになる。両者は似ているようで、根本が違う。
検索結果ならば、URLをたどれば元のページを確認できる。だがLLMの答えは、必ずしもどこかのページに書いてある内容そのままではない。生成された結果なので、出典がはっきりしないこともあれば、複数のソースを混ぜ合わせた形で出てくることもある。
最近では検索機能と組み合わせたサービスも増えているが、これも前節で触れたAIの分業の話と地続きで、「LLMが検索プログラムに調べさせて、戻ってきた結果を人間向けの文章にまとめ直して返している」構造になっている。表に出てくる返事は一つでも、裏では「検索する役」と「文章にまとめる役」が分かれて働いていると思った方が実態に近い。だから、答えに検索結果のリンクが添えられているかどうかは、「ちゃんと裏取りされた答えなのか、それとも生成だけで返ってきた答えなのか」を見分ける目安になる。
「Wikipediaの進化形」とか「検索エンジンの賢い版」というイメージで使うと、出てきた答えを鵜呑みにしてしまいやすい。ここは事故のもとになる。
同じLLMでも、サービスごとに個性がある
LLMといっても、提供されているサービスは一つではない。代表的なところを挙げると、OpenAIのChatGPT、AnthropicのClaude、GoogleのGeminiの三つが本書を書いている時点での主役で、これに加えてMicrosoft Copilot、Perplexityといったサービスもよく使われている(勢力図は今後も変わっていくと見ておいた方がよい)。
同じ質問を同じ言葉で投げても、サービスごとに返ってくる答えのトーンは違う。文章の自然さに強いもの、長いテキストの取り扱いが得意なもの、他AIとの多様な連携をしてくれるもの、自社の他サービス(メール、カレンダー、ドキュメント等)と連携しやすいもの、回答に出典をつけてくれるもの。個性は明確に分かれている。性能ランキング的な順位はあちこちで発表されているが、「どれが一番か」よりも「自分の使い方にどれが合うか」で選ぶ方が現実的だ。
実際に業務で使っている人の中には、用件によって複数を使い分けている例もある。最初のうちはメインに据えるサービスを一つ決めてそこを深く触り、しばらく使ってから「この用途は別のサービスの方が向いていそうだ」と感じた段階でサブを足していく、という付き合い方が落ち着きやすい。もちろん、様々なサービスを並行して比較するのも一つの方法だ。
だから、「AIを試した」という話を聞いたときには、「どのAIを試したのか」をひと言確認するだけでも理解の精度が上がる。「AIにやらせたが駄目だった」と言われたタスクが、別のAIなら通ることもあるからだ。
クラウドで使うか、自分の手元で動かすか
LLMの動かし方には大きく分けて二通りある。一つは、前述のChatGPTやClaude、Geminiのように、サービスを提供している会社のサーバー上で動いているLLMに、ネット越しに話しかけて使うやり方だ。これがクラウド型と呼ばれる動かし方で、ブラウザやアプリから手軽に使えるうえ、最新で高性能なモデルを常に使える反面、入力したデータは一度外部のサーバーを経由することになる。
もう一つは、ローカル型と呼ばれる動かし方で、自分の端末や組織内のサーバーにLLM本体をインストールして動かす形になる。データが外に出ないため機密性は高いが、それなりに高性能なマシンが必要になるうえ、クラウド型の最新モデルと比べると、現時点で実用に堪える性能のローカルLLMは選択肢が限られる。導入の手間もそれなりにかかり、運用には専門的な知識が求められるのが実情だ。マシンスペックの目安や利用可能なローカルLLMの種類については変動が激しいので、最新情報は公式の情報源で確認した方がよい。
ざっくり整理すると、ローカル型は「セキュリティ重視・コスト前払い・性能控えめ」の方向、クラウド型は「手軽・性能高め・データの行き先に注意」の方向、という位置取りになる。
何を扱うかで選び方が変わる
クラウド型とローカル型のどちらを選ぶかは、その仕事で何を扱うかでほぼ決まる。機密度の高い情報を入力する必要があるならローカル型を検討する余地があるし、そうでない一般的な業務ならクラウド型で十分こなせる場合が多い。「機密度の高い情報」とは具体的に何を指し、どう扱うべきかという話は、第4章でまとめて整理する。
実際の運用としては、両方を併用しているところもある。機密に触らない業務はクラウド型のサービスで手早く、機密に触る業務だけはローカル型で慎重に、といった具合で、扱う情報の性質によってツールを切り替える形になる。
多くの組織にとっては、最初の一歩としてクラウド型のメインサービスから触り始めるのが現実的な選択になることが多い。ローカル型の本格的な導入には相応のマシン構成と人的体制が必要になるので、まずクラウド型で感触を掴んでから、必要が見えた段階で次の一手を考える、という順序が無理なく進む。
無料版と有料版、何が違うのか
主要なクラウド型のLLMサービスの多くは、無料で使える範囲と、月額料金を払って使える範囲が用意されている。
一般的な傾向として、有料版で得られるのは、より高性能なモデルへのアクセス、利用回数や処理量の制限の緩和、添付ファイル・画像・音声などの追加機能、入力した情報を学習に使われない設定の選択肢、といったあたりだ。ただし、この内訳は各社が頻繁に変える部分なので、本書で具体的な金額や機能の一覧を書き並べてもすぐに古くなる。最新の状況は、各サービスの公式サイトで確かめるのが確実になる。
実感としてよく言われるのは、「課金額が大きくなるほど扱える仕事の幅が広がる」ということだ。短い文章を扱うだけなら無料版で十分こなせるが、長い文書を一度に読み込ませる作業や、画像入りの資料を扱う作業になると、無料版では処理量の上限や機能制限に引っかかって途中で詰まることがある。一方、有料プランを契約しても、業務での実際の使用量が無料枠内に収まる人もいて、必要以上に上のプランへ上げても費用対効果が薄いこともある。
導入を検討している段階なら、まずは無料版で実際に触ってみて、自分が普段やっている仕事との相性を確かめるのが現実的だ。本格的に業務へ組み込めそうなら、その段階で有料版や、組織向けに提供されているプランを検討しても遅くはない。