「了解しました。処分、します」
自分の口から出た言葉が、ひどく冷たく、他人のもののように聞こえた。
だが、その裏側で、俺の脳内はかつてない速度で演算を繰り返していた。
つい昨日まで「最先端のアンドロイド開発」という美名に隠されていたはずの悪意が、今はもう、隠すことすら放棄されて剥き出しになっている。出資者も、上司も、目の前の「人間」を「材料」と呼び、価値がなければ「ガラクタ」と断じることに何の躊躇もなかった。
そのあまりに無機質で、傲慢な選別。かつて憧れた技術の結晶が、ただの非道な人体実験の産物でしかなかったという事実に、吐き気がするほどの嫌悪感を覚える。
(……くそったれが)
心の中で毒を吐きながら、俺は冷徹なエンジニアとしての視点を、最悪の状況の中に一点だけ生じた「隙間」へと集中させていた。
「調整」を命じられれば、俺は俺の手で、彼の意識を、思い出を、あの『怒り』を削り取らなければならない。それは生きたまま魂を解体するような、取り返しのつかない冒涜だ。
けれど、「処分」なら。
「処分」という命令は、この企業にとって「目の前から消す」ことと同義だ。失敗作の残骸など、誰も二度と確認しない。廃棄セクターに送ると報告し、手続きさえ完璧に偽装すれば、彼をこの場所から物理的に連れ出すことができる。
最悪の宣告だったはずのその言葉が、皮肉にも、彼を「調整」という名の精神的殺害から逃れさせ、この地獄から救い出す唯一の、そして最後の鍵に思えた。
(処分したふりができれば……ここから連れ出せる)
「処分」という名目なら、すべてを運び出す正当な理由になる。
俺は機械的に動いた。
上司や同僚たちの視線が、俺の背中に突き刺さっている。そこにあるのは、出来損ないの「製品」に対する落胆と、その後始末を押し付けられた若手への、同情の皮を被った嘲笑だ。
俺は一度も振り返らなかった。振り返れば、この無機質な部屋のすべてを、そして自分自身を、汚物か何かのように罵倒してしまいそうだったからだ。
「……入れ」
俺は、輸送用のコンテナを暁斗の前に引き寄せた。
暁斗の瞳——あの精巧なレンズの奥に、絶望の色が混じるのを見た。あいつは何も言わなかった。ただ、自嘲気味に笑い、俺に促されるまま、冷たい金属の箱へとその身体を横たえた。
ごめんな。心の中でだけ、そう呟く。
コンテナの蓋を閉める瞬間、暁斗の視線と一瞬だけぶつかった。そこには「裏切られた」という確信と、底知れない孤独が渦巻いていた。
蓋が閉まり、ロックがかかる。これで暁斗は、この組織の目から隠された。
暁斗の予備パーツ、専用のメンテナンスキット、バイタルデータを記録した端末、そして脳の機械化に関する極秘の設計資料……。
「失敗作の残骸を整理するため」と報告し、俺は暁斗を生かすために必要なすべての機材を、次々と箱に詰め込んでいった。
『処分したふりができれば——』
出資者は気付いていないだろう。己の提示した選択肢のおかげで、俺が土壇場でこんな行動を思いついたなんて。
彼をこのまま「処分」させるわけにはいかない。かといって、組織の命令に従って彼の「人間」を削るような真似も、俺には到底できなかった。
人を材料として扱い、その悲鳴をバグと呼ぶこの場所は、俺が求めていた「アンドロイド開発」の現場なんかじゃなかった。
「糸蔵、終わったか?」
背後から声をかけられ、心臓が跳ねた。振り返ると、同僚の一人が興味なさげにコンテナを眺めていた。
「ええ。機材ごと、廃棄セクターへ運びます」
「ご苦労なことだ。失敗作の片付けなんて、時間の無駄だっていうのに」
同僚は鼻で笑い、そのまま立ち去った。俺は静かに息を吐き出す。手袋の下の指先は、まだガタガタと震えていた。
運び出しの許可証を偽造するのは、俺のハッキングの腕なら造作もなかった。
大型の台車にコンテナと機材を載せ、俺は何度も通った廊下を歩き出す。
「廃棄処分」と書かれたラベルが貼られた荷物。その中には、今この瞬間も、自分が捨てられるのを待っている「人間」が眠っている。
研究棟のゲートを抜ける際、警備員が不審そうに俺を止めた。
「積み荷のチェックだ」
「プロジェクト『暁斗』の廃棄物です。中身は……見るに堪えない残骸ですよ。リチウムバッテリーの漏液もあるので、あまり近づかない方がいい」
嘘が、淀みなく口から出た。俺が技術的な話をするとき、相手はいつも退屈そうにする。それを利用した。
警備員は顔をしかめ、ハンディスキャナーを適当にかざすと、ゲートを開けた。
「……行け。さっさと捨ててこい」
外に出た瞬間、冷たい夜気が頬を打った。施設の威圧的な影から逃れるように、俺は手配しておいた輸送車に荷物を積み込む。
コンテナを車内に固定し、運転席に乗り込んだ時、ようやく俺の呼吸が正常に戻った。だが、安堵している暇はない。
「……暁斗」
バックミラー越しに、静かに鎮座するコンテナを見つめる。
俺は、取り返しのつかないことをしたのかもしれない。彼を助けたつもりで、さらに深い地獄へと引きずり込んだのかもしれない。彼に選択肢を与えず、勝手に連れ出した俺は、結局あいつらと同じ「身勝手な加害者」でしかない。
それでも。誰にも見向きもされず、ただのガラクタとして消えていく彼を、見捨てておくことだけはできなかった。
アクセルを踏み込む。輸送車は闇夜に紛れ、不老不死の夢が渦巻くあの巨大な墓標を、背後へと置いていった。