軋む外殻がひび割れ、蜂の羽音がほとんど消えた。
蔦の締め付けをさらに強め——その瞬間だった。
「……ルークス?」
空気の震えが、ないはずの心臓を鷲掴みにした。
ディラオーネの……養い親の声。かつて幾度も呼ばれたその響きが、また俺を呼ぶ日が、来るなんて。
蔦の力が、わずかに緩んだ。その隙を、蜂は逃さなかった。
鋭い毒針が、傷口めがけて突き立つ。
痺れが一気に広がる。根の奥まで黒い炎が這い上がり、体の感覚が削がれていく。
もう一度、空気が震えた。それを音として処理する余力は残っていなかった。
それでも——
ここでこの蔦を離せば、この蜂は俺を倒して、ディラオーネや小動物たちを襲う。
俺は残った力を全て込め、蔦を再び締め上げた。
骨の軋むような音とともに、蜂の羽からの振動が途絶える。
毒針が抜け落ち、俺の根元に転がった。
ついに決着がついた。人攫い蜂が動く気配はない。
……俺も、もう、もたないな。
地を這うように広がる蔦が、自分の意思とは無関係にほどけていく。
——ほら、いい加減に逃げろって……
俺という庇護者を喪い、やっと小動物たちが崩落に巻き込まれまいと、逃げ出す。
守り切れた。俺は、最期まで、やりきったんだ。
一つだけ、離れるどころか、駆け寄ってくる振動。
そっと触れる温もりが、無性に懐かしく感じる。ずっとずっと昔、俺の手を握ってくれたディラオーネを思い出すようで。
名前を呼ばれた。俺だと、気付いてくれた。
知られてしまった。そしてまた、置いて逝ってしまう。
複雑な思考はもう難しく、意識も、森の香りも、暗闇に沈んでいった。
今度こそ、終わりか——そう思いながら。