霊和八年 三月二日
【個人日記】
久々に日記帳というものを買ってきた。今後、誰に言うわけにもいかないことが、増えそうでな。
霊和八年 三月十六日
【冒険者協会 業務報告書:第〇〇一号】
対象:深山智樹。
現界復帰より二週間。身体状態は安定。
摂取物は水、及びタンパク質(肉類)に限定される。特筆すべきは排泄機能の完全な停止である。癒蔓(ユキ)がすべての代謝産物を養分として吸収しているものと推測される。社会生活においては、外套による蔦の遮蔽を徹底させている。
【個人日記】
智樹の奴、今日も水を三リットル一気飲みした後に「何も出ない」と腹をさすって青い顔をしていた。
頭では分かっていても、生き物として「出口」がないというのは相当な恐怖だろう。俺にできるのは「飯を食ったか」と聞き続けることだけだ。あいつも、聞かれると少しだけ安心したような顔をする。
霊和八年 四月二日
【冒険者協会 業務報告書】
対象、深山智樹の身体特性について。
身体状態は変わらず安定。
無呼吸状態が観察されるが、本人に呼吸困難の症状および自覚なし。癒蔓(ユキ)による光合成の恩恵か。
【個人日記】
智樹の様子を見に行ったら昼寝中で、息が止まっていた。発見した俺の方が、息が止まるかと思った。
本人は全く苦しくないらしい。
前から息がよく続くなと思っていたが、まさかここまでとは。
飯を確認したら、やっぱり焼いた肉だった。さすがに味付けは色々変えているようだが、今度ハンバーグでも持って行くか。
霊和八年 九月二十日
【冒険者協会 業務報告書】
共生種「ユキ」の知能発達について。
宿主(深山)の感情に同期し、蔦を用いた複雑な意思表示(撫でる、制止する等)が確認されている。宿主との信頼関係は極めて強固。他個体(屍蔓)の制御能力も向上しており、異界資源の採取効率は従来の三倍を維持。
【個人日記】
智樹を連れて買い出しに行った。相変わらずユキは智樹の頬を撫でては光を溢れさせている。
ふと気付いたが、智樹の顔が、保護したあの時から全く変わっていない。
二十歳前の若者が半年も経てば、少しは骨格なり何なりが大人びるはずだ。癒蔓が「損傷」を防ぐために細胞の更新を止めているのか?
もし、こいつの時間がこのまま止まるとしたら。
五年後:霊和十三年
【冒険者協会 業務報告書】
被保護観察者、深山智樹の活動範囲の拡大について。
「癒蔓の森の専門家」としての地位は完全に定着。周辺自治体からの信頼も厚い。身体的特徴に変化なし。
【個人日記】
智樹と酒を飲んだ。……いや、あいつは水だが。
俺の顔には小皺が増え、酒の抜けも悪くなった。だが、隣に座る智樹は、あの雪の森で出会った十八歳の少年のままだ。
こいつを置いて先に死ぬのは、俺の方だ。それは分かっている。
だが、もし癒蔓がこいつを「不老」にしているのだとしたら、俺がいなくなった後、こいつは果てしなく長い孤独を歩むことになるのではないか。
ユキがいるとはいえ、言葉を交わせる相手のいない数百年を想像して、背筋が寒くなった。
十年後:霊和十八年
【個人日記】
あいつの肌は、今日も傷一つなく瑞々しいままだ。
俺の方は、最近は腰が重い。智樹に「無理しないでください」と笑われた。生意気な。
あいつは「専門家」として立派になった。協会職員としての地位も得た。
だが、鏡を見るたびに思う。時が止まったあいつと、確実に朽ちていく俺。
いつか、あいつをひとり残してしまう日が来るのが、何よりも恐ろしい。
二十年後:霊和二十八年
【個人日記】
明日は智樹と同行。
あいつも「篤司さん、無理しないでくださいね」とか言っていたが、まだ年寄り扱いされる歳でもないぞ。
……いや、実際年寄りか。認めたくないが。
まあいい。たまには一緒に動くのも悪くない。
キズナを繋いだ二十年。
この先、あいつの隣に居続けるために、俺に何ができるだろうか。