智樹(ともき)が意識を完全に失った後も、雪は止むことなく、彼の体温を(うば)い続けていた。
 腹部の傷口から(あふ)れ出した鮮血(せんけつ)は冷気の中で急速に熱を失い、黒ずんだシミとして雪原を汚していく。智樹(ともき)の意識は深い闇の底にあり、死の(ふち)へと(ゆる)やかに(すべ)り落ちていた。
 そこへ、屍蔓(しかずら)たちの中から一株の斑入(ふい)りの(つた)()い寄った。他の屍蔓(しかずら)たちは、彼の担当が決まったとでもいうように同じ動きで()れ、方々へ散っていく。そして、ただ一株残った斑入(ふい)りの(つた)は、己を鼓舞(こぶ)するかのように一度だけ身を(ふる)わせたが、()ぐにうつ伏せて(たお)れる智樹(ともき)の背中に大きく開いた裂傷(れっしょう)へと、迷いなくその根を差し込んだ。
「————」
 意識のない智樹(ともき)の指先が、ぴくりと()ねる。それ以上の抵抗は、ない。(つた)の侵入に抵抗するための意識も体力も、(すで)に失われているから。
 屍蔓(しかずら)の根は、単なる植物の根とは思えないほどしなやかに、かつ強靭(きょうじん)に、肉を割り進んだ。まずは出血を止めるべく切断された血管を物理的に(ふさ)ぎ、網目(あみめ)のような細根を伸ばして智樹(ともき)の循環器系へ直接「接続」を試みていく。
 (つた)の中に眠る、まだ屍蔓(しかずら)と呼ばれていない頃からの本能が、激しく命じていた。
 ——この個体を死なせてはならない。助けなければならない。
 (つた)の葉が、雪を照らすほどに強く白い光を放ち始めた。
 それは治癒(ちゆ)の光であり、同時に過酷(かこく)な「改造」の合図でもあった。(つた)腹腔内(ふくくうない)へと深く(もぐ)り込み、損傷(そんしょう)した腸管を補強するように()い回る。それだけではない。細根は膀胱(ぼうこう)の内部にまで及び、智樹(ともき)が本来なら排泄(はいせつ)するはずである腸管と膀胱(ぼうこう)の内容物——すなわち屎尿(しにょう)を自らの養分や水分として吸収すべく、その代謝回路を書き()えていく。
 意識を失ったままの智樹(ともき)の肺が、冷たく重い空気を求めるのを、やめた。(つた)の葉が光合成によって生成した高濃度の酸素と糖分が、血管内へとダイレクトに流し込まれ始めたからだ。
 雪に埋もれた少年の身体の中で、人間と植物、二つの異なる生命が、血管と根を通じてひとつに()け合っていく。
 屍蔓(しかずら)智樹(ともき)の中に深く深く根付き、智樹(ともき)の循環器系、消化器系、更に神経の一部が屍蔓(しかずら)の根に癒合(ゆごう)した。次いで、智樹(ともき)が無我夢中で逃げた時に負った四肢の細かい外傷にも根が伸びる。最終的に、致命傷であった背部から腹部にかけて貫通(かんつう)している傷、他にも特に傷の多かった左腕、そこに(つた)が密集する形となった。
 (つた)(ゆる)やかに少年を包む。彼の体温をこれ以上(うば)わせまいとするかのように。
 見た目的にも、それ以上に身体機能的にも、屍蔓(しかずら)に完全に取り()かれてしまった形の智樹(ともき)。眠り続ける彼の横に転がる満身創痍(まんしんそうい)のドローンがチカチカと光を点滅させ、ひびだらけの操作画面に文字列が走った。
深山(みやま)智樹(ともき)の魔力の変容を記録。同一人物であることの証明のため、本機は引き続き対象の記録を継続する』

癒蔓の子・第三話