[□月□日]
 隔離病棟の担当に回された。
 理由は「独身だから」。
 ——書類の欄に未婚と記した一行のせいで。
 納得なんてできない。
 けれど患者さんを放り出すこともできない。
 ……誰にぶつければいいのだろう。

[×月×日]
 ネットには書けない。
 誰が読んでいるか分からないし、きっとどこかで監視もされている。
 だから、ここにだけ残す。
 この日記はただの紙切れ。
 誰に届くわけでもないけれど、書かないと自分が崩れてしまいそうだから。

[□月×日]
 患者さんが吐いた花は、吐かれた直後だけ仄かに光っている。
 照明の加減ではない。光の粒子のようなものが舞って、すぐに消える。
 これはいったい何なのだろう。
 花吐き病は創作の模倣に過ぎないはずだったのに。
 どうして現実でも、悲しみを抱えた人ばかりを選んで咲かせるのだろう。
 わたしは医師として理由を探そうとするけれど、心はただ痛むばかりだ。

[……日]
 今日、灯香に入籍のことを切り出した。
 もしわたしが倒れたとき、せめて彼女に何か遺せるようにと思って。
 でも返ってきたのは、「子どもだってできないし」という言葉。
 正しいことだ。あの人は悪くない。
 だけど胸が裂けるように痛かった。
 泣きそうになるのを隠して、笑顔を作った。
 本当は、灯香と——
(ここでインクが滲み、行が途切れている)

[□月……]
 病棟でまたひとり、花を吐いて逝った。
 甘い香りが廊下に染みついている。
 次はわたしかもしれない。
 それでも、灯香を巻き込みたくない。
 生きていてほしい。
 ……そう願うのに、最後に思い浮かぶのはやはり彼女で。
 矛盾している。
 でも願ってしまう。
 どうか、最後まで隣に——

(行が乱れ、文字が涙で滲んでいる)

第四章 家族でない者(灯香)