組織の裏帳簿から「せしめた」資金の威力は絶大だった。俺たちはその金を使って、地方の僻地にある、身元の確認も適当な中古重機ディーラーから、大型のキャブオーバートレーラーを一台、まるごと札束で買い叩いた。
 錆の浮いた白いコンテナを背負ったその巨体は、一見すればどこにでもある、年季の入った運送車両にしか見えない。だが、その内部は今、この世の物理法則と論理回路を無視した「怪物」へと造り替えられようとしていた。 
「……暁斗(あきと)。第五層の遮蔽塗装、乾燥まであと三百分だ。その間に、主演算ユニットの冷却バイパスを組み上げる」 
 そこからの空也(くうや)は、見ていて呆れるほどに「ノリノリ」だった。
 アパートを退去し、人里離れた貸し倉庫の中に運び込んだトレーラー。その薄暗い空間の中で、空也は文字通りの「大暴走」を繰り広げていた。
 自責のログを俺が強引に既読化し、演算領域が開放されたあいつの処理能力は、もはや「天才」なんて言葉じゃ足りない。以前は自分の内側を呪うために浪費されていたエネルギーが、今はすべて「最高の秘密基地」を作るための情熱へと変換されているようだった。 

「暁斗、ここの区画をサーバールームにする。壁面には電磁シールドを二重に展開し、外部からのあらゆる電波を遮断する『動くデッドゾーン』を構築するんだ。ここなら、組織の衛星追跡さえも無効化できる。……居住スペースは、寝袋が二つ置ければ十分だな?」 
「良くねえよ。俺たちはこれから一生ここで暮らすんだぞ。飯は食わなくても、寛ぐくらいのスペースは作れ。ソファと、あと……そうだな、お前がハンダ付けするためのデカい机もだ」 
 俺の言葉に、空也は一瞬だけ演算を止め、レンズの奥で思考を巡らせた。
「……合理的だ。暁斗の精神的安寧は、システム全体の安定稼働に寄与する。……設計変更。居住区の容積を二〇%拡張する」
 そう言いながら、空也は再び猛烈な勢いでキーボードを叩き始めた。
 三日間、こいつは一度もスリープモードに入っていない。それどころか、俺の演算能力を「補助電源」として勝手にリンクさせ、二十四時間体制で作業に没頭している。
 リンクを通じて伝わってくる空也の意識は、焼けるような熱を帯びていた。それは焦りではなく、純粋な「創作」への没頭。自分たちの『永遠』を、誰にも邪魔されない檻ではなく、完璧な城へと造り替えるための、狂気にも似た熱狂。 
(……ったく。秘密基地なんて、ロマンだってのは分かるけどよ)
 呆れながらも、俺のコア・カプセルの中にも、似たような熱が灯っているのを自覚していた。
 漆黒の電磁シールド。外壁に塗り込まれた、レーダー波を乱反射させる特殊なステルス塗装。床下に隠された予備のバッテリーアレイ。
 それはかつて「材料」として部品リストに並べられていた俺たちが、自分たちの意思で自分たちの身体と家を定義し直すための、最高に愉快な「復讐」だった。
 
 空也が嬉々として新しい配線を繋ぎ、俺がその横で巨大な装甲板を義躯の怪力で固定していく。
 汗もかかない、息も切れない。けれど、二人でこの鉄の塊を自分たちの色に染めていく作業は、人間だった頃のどんな趣味よりも、俺の回路を熱くさせた。
 
「……暁斗。……暁斗、聞いているか? ……次は外部カメラの……」 
 空也の呼びかけに、僅かなノイズが混じる。
 視界の端に表示されたあいつのステータスは、もはや限界値を振り切っていた。

【空也のシステムログ】
 コア温度:九二℃(警告)
 演算負荷:九九%(継続中)
 思考断片:『あと少し、あと少しでここが完成する。そうすれば、彼はもう二度と、組織の目に晒されることはない。俺が彼を守るんだ。俺の、俺の——』

(……おい、空也。いい加減にしろ) 
 リンクを通じて警告を送るが、返ってくるのは熱に浮かされたような設計データの残響だけだ。
 こいつは、自分がもう「一週間寝なくても平気な人間」ではなく、「一週間動かし続ければ物理的にオーバーヒートする機械」になったことを、忘れている。 
「……分かった。もう最終手段だな」 
 俺は通信リンクを介して、空也の意識の「管理者権限」を強引に乗っ取った。
 こいつのノイズフィルタが俺用のままでガバガバなのを逆手に取り、強制停止コマンドを最優先階層で流し込む。
 
「……あ、……暁斗? ……何を……急に演算が……」 
 空也のレンズの光が、ふっと弱まった。
 処理能力がガクンと落ち、あいつの身体から力が抜ける。驚きと、それ以上の深い、深い疲労の色が、思考の漏洩(リーク)を通じて俺の回路へと流れ込んできた。 
「寝ろ、修理屋。……秘密基地ごっこは明日までお預けだ」 
「……ごっこ、ではない。……これは、君を守るための……」
「分かってるよ。お前がいなくなったら、誰がこの『動く死角』を完成させるんだよ。……ほら、目を閉じろ」 
 俺は、意識が落ちかけた空也の身体を抱きとめ、まだ資材が散らばっている仮設のベッドへと横たえた。
 こいつの思考が深いスリープモードへと沈んでいくのと同時に、俺の回路にも、ようやく静かな、けれど心地よい静寂が戻る。
 
 静まり返ったトレーラーのコンテナ内で、俺はあいつが書き上げたホログラムの設計図を眺めた。 
(……本当、いい趣味してやがる)
 そこに描かれた未来は、このくそったれな世界のどこにも存在しない、俺たち二人だけの完璧な居場所だった。
 俺はあいつの隣に座り、まだ熱を帯びている空也の肩を借りて、自分もスリーププロセスの準備を始めた。

第三十三話:狩場を焼く(空也視点)