視覚ユニットの隅で、絶えず「パラメータ不一致」のエラーログが明滅している。
意識を集中させようとするたび、思考の断片がノイズとなって回路を滑り落ち、外部へ……つまり、目の前にいる暁斗へと漏れ出していく。
(……最悪だ。これでは、頭の中を公共に垂れ流しているようなものだ。俺というシステムの脆弱性が、これ以上ないほど露呈している。暗号化もされていない生データを暁斗のレシーバーに叩きつけ続けている事実に、吐き気がする)
思わず脳内で溢れた独白に、隣に座っていた暁斗が「いや、俺以外にそれ、解読できないと思うけど」と、呆れたように返してきた。
俺は反射的に口を噤んだが、もはやそんな動作に意味はない。暁斗の予備パーツを流用したこの身体にとって、俺の思考は除去すべき「ノイズ」ではなく、そのまま外に垂れ流しても良い未処理の何かとして扱われているのだ。同じ規格の暁斗がそれを受信したら、彼自身のコア・カプセルで解析できてしまう。解析、してしまう。
(……暁斗、これは君の演算リソースを無駄に消費しているだけだ。俺の無価値な思考ログなど、君のメモリを汚すゴミでしかない。それに、技術者としてこの「筒抜け」のセキュリティホールを見過ごすのは、存在意義を否定されるに等しい)
「……やっぱり、今からでも調整させてくれ。パラメータの再調整さえ行えば、フィルタは正常に機能する。……君に、こんな泥のような内側を垂れ流し続けるのは……」
耐え難い羞恥に、発声ユニットが僅かに震える。
それ以前に、技術者として、自分の「中身」が筒抜けであることは、セキュリティ的な大問題だ。
「させねえよ。フィルタは直さない」
暁斗の断固とした声が、俺の思考を遮った。
「……なぜだ。これでは、セキュリティも何もない。……君にとっても、不快なはずだ。四六時中、他人のどうでもいい独り言を受信し続ける苦痛を、君が背負う必要はない」
「そもそも俺だから読めてるんだろうけど、一般にはただのノイズだぞ。それに……」
暁斗は端末のモニターに、俺のコア・カプセルから吐き出された警告リストを映し出した。そこに並んでいるのは、物理的な不具合ではない。俺の自責と自罰が引き起こしている、異常なまでの「高負荷警告」の山だ。
「お前、放っておくと勝手に沈むだろ。このリストを見ろ。……自爆装置か何かか?」
突きつけられたリストの最下部では、現在進行形で新しい警告が点灯し続けている。
(……暁斗に押し付けたくない。俺の管理不足だ。こんな醜いログ、君の視界に入れるべきではないのに……)
そんな、言葉にするのも憚られるような自己嫌悪が、リアルタイムで演算負荷となってシステムを圧迫しているのを、暁斗は冷徹なまでの正確さで指摘していた。
「漏れてないと、お前がいつ爆発するか分かんねえ。……お前が俺にしたこと、返してるだけだ」
暁斗の言葉に、俺は言葉を失った。
(……返す? 君が? 何を。俺はただ、君を直したかっただけで……。いや、それすら俺のエゴだったのか)
かつて、俺が彼の「バグ」とされた怒りを受け止めようとしたように。独り、暴れるしかなくて壊れていた彼の義躯を、勝手に直していたように。今、彼は全く同じ身勝手さで、俺の壊れた内側に踏み込もうとしている。
「だから、お前しばらく定期的にメンテな。お前の自己診断、信用できないから俺が診る」
それは、技術者としての俺への死告状であり、同時に、この世界で初めて差し伸べられた、逃げ場のない救済だった。
(困惑する。効率的ではない。君の手を汚し、君の時間を奪うだけの作業だ。……だが、君が俺の『中身』をすべて読むと言うのなら。この高負荷さえも、君にとっては『直すべき不具合』に過ぎないと言うのか)
暁斗は、自分の視覚ユニットの感度を調整するように目を細め、モニターに映る俺の警告ログを無造作にスクロールさせた。そこにあるのは、俺という人間を形成するはずの、けれど俺自身が「不要」だと切り捨て続けてきた汚泥のような感情の集積だ。
(……君が読んでいるのは、俺のバグそのものだ。修復の価値さえない、ただのゴミだ。それなのに……)
漏れ出した思考を、暁斗は否定しなかった。
「分かった」
俺は僅かな思考の断片で返した。
プライバシーという殻を奪われ、剥き出しになった魂。
かつて俺が「修理屋」として彼を観察していた立場は、今や完全に逆転した。暁斗は、俺が彼にしたことの報いとして、俺の「孤独」という名の自爆装置を解体し始めたのだ。
視界の隅で、新たな警告が点灯する。
(……暁斗、今の通信パケット、少し重かったかもしれない。すまない)
そんな些細な、けれど彼への負担を案じる思考さえも、筒抜けの回路を通じて暁斗へと届く。
だが、隣にいる「共犯者」の気配が、それを「致命的なエラー」ではなく、ただの「調整すべき数値」に変えていくのを、俺は不思議な心地で受け止めていた。