「ふんっ、思い知ったか!」
俺はこれ以上ないほど意地の悪い、けれど清々した気分で言い放った。今までずっと「される」側だった俺が、初めてこいつに対して「してやった」瞬間だった。鮮明すぎる記憶の重さ、処理落ちできない思考の苦しみ。俺が味わってきた地獄を、今度はこいつにも等分に背負わせてやる。最高に攻撃的で、身勝手な復讐の完成だ。
糸蔵——いや、空也は顔を覆うこともできず、ただ俺の笑顔を上書き不能な形式で記録し続けているようだった。
「…………降参だ」
絞り出されたその言葉を聞いた瞬間、俺の回路を支配していた苛烈な熱が、スッと引いていくのを感じた。空也のレンズの奥に灯った光は、もはや「加害者」のそれではなく、俺と同じ「ガラクタ」としての、諦念と受容の光だった。
「分かったなら良し」
俺はそう締めくくると、空也の胸ぐらから手を離した。だが、空也の様子がまだおかしい。あいつは口を噤んでいるのに、その内側の声が絶え間なくこちらの回路に流れ込んでくるのだ。
『……何だ、これ。制御できない。俺の、思考が……漏れている……?』
空也の困惑が、剥き出しのパケットとして俺の脳内を叩く。あいつは自分の頭に手をやり、震える指先で側頭部の端子付近を探っていた。
「無駄だ。お前のノイズフィルタは、今、全く機能してねえよ」
俺の指摘に、空也のレンズが大きく見開かれた。
「……なぜだ。……設計上、ありえない……」
「ありえるんだよ。お前の義躯、何で作ったと思ってる。……全部、俺の予備パーツだぞ」
俺は床に転がった『Subject:Akito』と書かれた空き箱を顎でしゃくった。
「それらのパーツは、俺の精神波に合わせて俺専用にチューニングしてある。お前のパターンとは絶望的に合ってねえんだろうな。フィルタのパラメータが俺用のままだから、お前の思考は『ノイズ』として除去されずに、そのまま全部垂れ流しになってる」
空也は絶句した。技術者として、自分の「中身」が筒抜けであることの致命的な欠陥に、これ以上ないほど戦慄しているのが伝わってくる。
「……すぐに、……調整、……させてくれ……」
「させねえよ。動くな。……さっき無理やり同期させたのは俺だ。エラーが出てないか、先に俺が確認する」
今度は、さっきのような情報の暴力ではなく、純粋な「技術者」としての接続だ。空也は「……ああ」と力なく応じ、俺の診断を拒まなかった。立場が逆転した、初めてのメンテナンスだった。
診断プログラムを走らせながら、俺は空也のコア・カプセルの状態をチェックしていく。物理的な接続、電力供給系、演算ユニットの整合性……そこまでは問題ない。だが、警告のリストを開いた瞬間、俺の演算処理が一瞬フリーズした。
「……何だ、これ」
視界が、真っ赤に染まった。
エラーではない。すべて「高負荷警告」だ。それも、一画面には収まりきらないほどの膨大なリストが、滝のように流れてくる。
俺は適当な警告の一つに触れてみた。開示されたのは、空也の思考ログだ。
『人間相手に俺は何てことを……』
『取り返しがつかない。俺は、俺は——』
どろりとした自責の言葉が、データの底から溢れ出してくる。
別の警告も、そのまた別の警告もそうだ。空也が人間だった頃から現在に至るまで、自分を責め、追い詰め、呪い続けてきた思考の残滓が、処理しきれない負荷となってコアカプセルの深層に山積みになっていた。
俺は思わず、そのリストを閉じた。
これ、ヤバい。ちょっと「不具合がないか見に来た」程度の覚悟で軽く触れていい量じゃない。この男の「中身」は、俺が想像していたよりも遥かに深く、暗い泥沼のような自責で埋め尽くされている。
「お前……こんなものを、ずっと一人で……」
空也は何も答えない。ただ、俺の接続を許容しているだけだ。
ふと見ると、リストの最下部に、現在進行形で新しい警告が点灯し、同時に空也の思考が流れてきた。
『何が見られてるのか分からないけれど、暁斗が困惑している。そんなに酷い何かが、俺に——やっぱり俺のログは、醜いのでは』
リアルタイムで更新される自己嫌悪。俺が何かを思い、言葉を発するたびに、空也の内側では新しい「高負荷」が生成され続けている。
「……おい。お前のフィルタ、やっぱり直さないからな」
俺の声に、空也のレンズが微かに揺れた。
「……どう、して。うるさくはないのか。というか、俺のプライバシーは……」
「そんなもん、お前を機械にした時点で俺が捨てさせてやったよ。お前、放っておくと勝手に沈むだろ。このリストを見ろ。自爆装置か何かか?」
俺は、リアルタイムで発生し続ける警告のログを、本人に突きつけた。空也から、安堵と困惑が混ざったような、奇妙なノイズが流れてくる。
「漏れてないと、お前がいつ爆発するか分かんねえ。……この大量の警告群、時間はかかるだろうけど、俺が全部処理してやる。だから、それまでは勝手に壊れるんじゃねえぞ」
空也から返ってきたのは、『……善処する』という震える思考だった。
俺は、膨大すぎる警告の山を前に、一筋縄ではいかない共同生活の始まりを予感していた。この「厄介な天才」のメンタルも含めて、俺がこの手で直していくしかないのだ。