意識が浮上する感覚は、眠りから覚めるそれとは決定的に違っていた。
 暗闇の中に、火花が散るようなデジタル信号の残像が走り、システムログが視界の裏側を猛烈な速さで流れ落ちる。耳の奥で、聞き慣れた——けれど自分の内側から響くのは初めての、低い冷却ファンの駆動音が鳴り始めた。

(……ああ。俺は、失敗したんだな)

 思考の深淵で、最初に浮かんだのは救いようのない自嘲だった。
 俺は、暁斗(あきと)に「殺すか、同じにするか」という残酷な二択を突きつけ、睡眠薬の闇に逃げ込んだ。願わくばそのまま二度と目覚めることなく、彼が俺という呪縛から解放される道を選んでほしかった。だが、俺の視界にデジタル処理された光が戻った瞬間、その淡い期待は無惨に打ち砕かれた。

「……起きたか、この馬鹿野郎」

 聞き慣れた、けれど怒りと安堵でひどく震えている声が届く。
 俺はゆっくりと上半身を起こそうとして、自分の身体に走る異様なまでの「軽さ」に戦慄した。肉体の重み、内臓の蠢き、肺を満たす空気の質感——そのすべてが消失し、代わりに指先まで張り巡らされた高感度センサーが、空気の僅かな振動さえも情報として脳に叩き込んでくる。

 そして、目の前で椅子に座る暁斗と視線が合った時、俺の困惑は頂点に達した。

(……暁斗? なんで、同じ高さに……)

 人間だった頃、俺は彼よりも頭一つ分ほど背が高かった。俺は無意識のうちに、その身長差を「守る側」と「守られる側」の境界線のように感じていたのかもしれない。だが今、俺たちの視線は寸分違わず、鏡合わせのように同じ高さで交差している。

 部屋の隅に転がっている、空になったメンテナンス用のパーツボックス。あいつは、自分のために予備として用意されていたパーツを使って、俺を組み上げたのだ。俺と同じ規格、俺と同じサイズの、全く同じ「ガラクタ」として。

「……糸蔵(いとくら)。口があるだろ。何か言えよ」

 暁斗が俺を睨みつける。その瞳に映る俺の顔は、あいつのものと酷似していた。
 俺は言われたままに、口を開こうとした。すまない、とか。多分そんなことを言おうとした。
 けれど、喉の奥にある発声ユニットが震えるより先に、俺の意識が勝手に外へと溢れ出したようだった。

(……なんで。俺を、同じにしたんだ)
「っ!?」

 暁斗が、弾かれたように目を見開いた。
 俺はまだ、言葉を形にしていない。なのに、俺の困惑が、剥き出しの思考として彼に直接届いた? どういうことだ?

 後から解析して判明したことだが、俺の身体は、基本的にあいつの予備パーツでできている。思考を漏らさないためのノイズフィルタの調整も、人格のチューニングも、すべては「暁斗用」のまま。俺という人間のドロドロとした内面を隠すための「蓋」が、どこにも存在しないのだ。
 だがそんなこと、直ぐに把握できるわけでもない。

 人間だった頃の俺は、何も言えなかった。
 感情は確かにあった。
 今なら、何となく分かる。「こんなに人間らしい彼と、ずっと一緒にいられたら楽しいだろうな」と、祈るように思っていた。けれど、それを口にする勇気はなかった。どこまで言っていいのか、何が許されるのか、境界線の引き方すら知らなかったからだ。

 だから、行動で示すしかなかった。話を聞き、連れ出し、技術を教え、最後には首を差し出すことでしか、罪を償い、彼を繋ぎ止める方法を知らなかった。
 全部やったのに、「好き」のたった二文字さえ言えなかった俺の「蓋」が、機械化された瞬間に完全に外れてしまったのだ。

(俺は……加害者だぞ? お前をこんな身体にした張本人の一人なのに)
(そんな奴を、永遠に隣に置くつもりか? 本気で言ってるのか?)
(……お前、損をするぞ。俺なんかを選んだら、一生——)
「……糸蔵、お前……っ!」

 暁斗の顔が、怒りと戸惑いで赤く染まっていく。
 止めようとしても、思考は加速する。俺が人間だった頃、決して口に出せなかった臆病で重すぎる本音が、フィルタを通り抜けて次々とあいつに叩きつけられていく。

(……ずっと一緒にいられたら楽しいだろうなって、ほんのちょっとだけ……一滴くらいは、思っていたけれど)

 自分の中では、それは砂漠に落ちた水滴のように、取るに足らない身勝手な願望だと思い込んでいた。だが、その「一滴」が、今の俺の全回路を激しく焼き焦がしている。
 俺は、自分がどれほどあいつにとって特別だったのか、どれほど必要とされていたのかを、本気で分かっていなかった。自分が選ばれる理由があるなんて、一ミリたりとも信じていなかったのだ。

(お前が俺を選ぶ理由なんて、どこにもない。俺が死ねば、お前は……自由になれたはずなのに)
「……ふざけんな、この馬鹿野郎!!」

 暁斗が、俺の胸ぐらを力任せに掴んだ。
 同じ高さの視線で、同じ熱量で。
 あいつに流れ込んでいるのは、俺という男の救いようのない卑屈さと、それ以上に深く、暗く、底知れない——俺自身も気付いていなかったほどの執着だった。

第十八話:受け取れ、全部(暁斗視点)