そのまた次の朝も、智樹は水辺にいた。
もはや習慣となりつつある動作で、冷たい水を胃に流し込む。リットル単位の水をがぶ飲みしても腹が膨れて張るような不快感はなく、ただ内側から「吸い上げられていく」ような奇妙な充足感だけがあった。
そして、水を飲み終えて立ち上がろうとした瞬間、智樹の動きが止まった。
「……待てよ」
何かが、決定的に欠落している。
屍蔓に憑かれてから今に至るまで、自分は目が覚めるたびに異常な量の水を飲み、ウサギ一羽分の肉も平らげた。それなのに——
一度も、「出して」いない。
智樹は震える手で、自分の下腹部を触った。
一人の人間として、というかそもそも動物であるならば、これだけの水分と栄養を摂取すれば、当然ながら尿意や便意を催すはずだ。しかし、膀胱のあたりに圧迫感はなく、腹も張っていない。
「溜まっていない……のか?」
口に出して、背筋が冷えた。
出ていないのではない。排泄物として排出されるべきものが、そもそも体内に残っていないのだ。飲んだそばから、食べたそばから、腹部を這う「根」がそれらを全て吸い上げ、空っぽに。
自分という肉体は、とっくの昔にこの植物を養うための「苗床」に成り果てているのではないか——
「……っ、うあああ!!」
智樹は水辺で頭を抱え、絶叫した。
食事の後で感じた「取り込まれる恐怖」が、今度は「内側から空洞にされる恐怖」へと変わる。
自分の意思で生きるために飲み食いしているのではない。ただ内側の「こいつ」が欲しがるから、自分は給餌機として動かされているだけなのではないか。
「俺、まだ……人間なのか?」
水面に映る自分を見る。
蔦を纏い、斑入りの葉を揺らし、排泄すらしない「人間だったもの」。
いつか意識も吸い尽くされ、異界を徘徊するだけの心なき「苗床」にされてしまうのではないかという絶望が、雪よりも冷たく智樹の心を蝕んでいった。
その夜、智樹はボロボロのドローンを抱きしめ、一晩中震えて過ごした。
背中の蔦は、夜になると変わらず温かく智樹を包む。それが今の智樹には、獲物を逃がさないための檻のようにも感じられた。