次に智樹が目覚めて最初に感じたのは、身体の「重さ」だった。
寝落ちる前よりも明らかに、腕や腹部を覆う緑の質量が増している。寝ている間に、この蔦は自分の身体を糧にして成長を続けていたのだ。智樹は絶望的な気持ちで自分の左腕を見つめた。皮膚の下を這う根はさらに太くなり、今や肩のあたりまで網目状の模様が広がっている。
「……っ、はぁ……」
ため息をついて、目を逸らす。それが目が覚めて最初の「呼吸」だったことに智樹は気付かない。
前に目が覚めた時は喉の渇きが深刻だったけれど、今度は身体の内側が「燃料」を求めて疼いているような、奇妙な感覚。腹の底に、どろりとした重い空腹感が居座っていた。ただ、深刻ではないと言ってもやはり喉は渇いていたので、とにかく水辺で水を飲む。水を飲む。数リットルほどは、確実に。
生きるためには、食べなければならない。そう結論づけた智樹はふらつく足取りで、雪を漕いで歩き出した。自分が倒れていた場所まで戻って、採取用ナイフなど荷物を拾う。
食べられる草や木の実を……という発想は、奇妙なことに、浮かばなかった。肉を狩るために、再び歩き出す。
しばらく歩くと、茂みの奥に一匹の野ウサギを見つける。かつての智樹なら、音を立てずに近づき、確実に仕留める自信があった。
しかし、足を踏み出した瞬間——
「え……っ!?」
ぐらり、と視界が大きく揺れた。
身体が、重い。重心が左側に、そして腹部の中心に、不自然に寄っている。背負い慣れない重石を内臓に詰め込まれたような違和感に、足運びが追いつかない。
バキッ、と乾いた枝を踏み折る音が森に響く。智樹のナイフは、ウサギに浅い傷を負わせるに終わった。
手傷を負ったウサギが、文字通り脱兎のごとく駆け出す。智樹は反射的に追いかけようとしたが、やはり身体が思うように反応せず、雪に顔から突っ込んだ。
「クソっ……逃げられた……」
智樹が雪を払って顔を上げた、その時だった。
智樹の左腕が——自分の意志とは無関係に、跳ねた。
「な、……に!?」
腕に巻き付いていた蔦が、まるで独立した生き物のようにしなやかに伸びた。白い光を纏い、凄まじい速度でウサギを追う。それは、「攻撃」というよりは、「助けを求める者に手を伸ばす」ような、どこか必死さを感じさせる動きだった。
蔦がウサギを捕らえる。
しかし、その力はあまりに強すぎた。
「キュウッ」と短い鳴き声を上げて、ウサギの身体が蔦にギリギリと締め上げられる。
「待て! 止めろ!」
智樹は思わず、自分の中から生える蔦に叫んでいた。叫んでから、己は今、何を口走ったんだと混乱した。
一方で蔦は止まらない。傷ついた個体を「癒やさなければならない」という本能が暴走し、その抵抗を封じ込めるために、さらに力を込める。
やがて、ミシミシという嫌な音が響き、ウサギは動かなくなった。
目の前で起きた光景に、智樹は激しい吐き気を覚えた。いや、獲物が取れたことは喜ぶべきことだ。なのに、どうしてこんなにも、悔しい。悲しい。
「これが……屍蔓の狩り……? ……っ、冗談だろ」
目の前でピクリとも動かなくなった獲物。屍蔓の蔦は、まるで赤ん坊をあやすかのように優しくその死骸を撫でているが、獲物の体は不自然な方向に曲がっている。
智樹は、自分の腹部に走る鈍い疼きを意識せずにはいられなかった。自分も、あの日に意識があって抵抗していたら、こうして締め殺されていたのかもしれない。
だが、入手の経緯がどうあれ、獲物は獲物だ。このまま捨てるのは、あまりにも、勿体なかった。腹の底からの渇望が強まり、智樹は動かなくなった獲物を手に取った。
流石に生で食べる勇気はなくて、魔法で火を起こそうとして——まだ火魔法が使えない自分に気付いた。思わず盛大なため息をついてしまう。
ストレスで魔法が思うように操れないのかと判断、荷物にある火おこしの魔道具を使う。同じく荷物に入れていた塩を振っただけの簡単な味付け、でも空腹が勝ったのか、ウサギ肉は大層美味しかった。
飲み込んだ瞬間、身体の奥深くで「根」が歓喜するように脈動した。食べ物を得た胃が温かくなると同時に、腹部の傷口が疼きだす。
食道から胃へ、栄養が落ちていくたびに、血管を伝って熱い何かが全身を駆け巡る。
ドクドクと、自分の鼓動とは別の脈動が背中を駆け巡り、皮膚の下で何かが芽吹く音が聞こえる。腕の蔦がピクピクと震え、傷口を覆う葉の隙間からは、先ほどよりも鮮やかな「白い光」がポコポコと溢れ出した。
直接見るまでもなく、感じる。食べた栄養がそのまま自分とこの蔦の糧となり、腹から背中に向かって深い傷を強引に塞いでいく蔦の動き。
ウサギ肉を持つ右手側でも斑入りの葉が揺れたことにギョッとした。取り込まれる恐怖が蘇り、弱音が漏れる。
「やめろ、入ってくるな、もう……!」
弱々しい懇願は届くことなく、屍蔓はますます智樹に根を下ろす。智樹はそれでも泣きながらウサギ肉を食べた。どうしても、死ぬ勇気がなくて。