踏みしめる雪の音が、静寂に包まれた『屍蔓の森』に無遠慮なリズムを刻んでいた。
最新のタクティカルウェアに身を包み、肩口に高性能な協会職員専用のドローンを浮遊させた男——高峰篤司は、眉根を寄せながら、周囲の木々を鋭い三白眼で射抜くように見つめていた。
「……ったく、気味の悪い静かさだな」
篤司が低く呟くと、すぐ横を歩く案内役の冒険者が、びくりと肩を揺らした。あの日、智樹を刺して放置した張本人である「先輩冒険者」の一人だ。
彼らは、「未発見の遺跡を見つけたが、同行した新人は屍蔓に殺された」と協会に虚偽の報告を上げ、手柄を独占しようとしていた。だが協会側は彼らの素行の悪さを以前からマークしており、監視役兼護衛として手練れの篤司を同行させたのである。
「そ、そうっすね? ……あ、ほら! あそこですよ、旦那。あの木立の向こうに、『庵』があるんです」
案内役の冒険者が、焦ったように指を指す。
その先には、確かに古い「庵」の屋根が見えていた。探索隊に同行している学者であり人気配信者でもある男が、自らのドローンカメラに向かって「これは歴史的発見です!」と大袈裟に語りかけているのが聞こえる。
だが、篤司の関心は遺跡そのものよりも、この森に漂う違和感に向けられていた。
ここは、取り憑かれたら最後、苗床にされると言われる『屍蔓』の生息地だ。にもかかわらず、足元を這う蔦たちは不自然なほど静まり返っており、一行を攻撃しようとする気配すらない。
——まるで、何かに「統制」されているような。
その時だった。
篤司の視界の端、庵から少し離れた岩場の影で、何かが動いた。
反射的に腰のナイフに手が伸びる。
「……誰だ」
篤司の声に、一行が凍りついた。
岩影から、ゆっくりと立ち上がる「影」があった。
ボロボロに引き裂かれた冒険者用のジャケット。その隙間から溢れ出し、左腕や首筋に複雑に巻き付いた、美しい斑入りの蔦。
その異形の姿を見た瞬間、案内役の冒険者が悲鳴のような声を上げた。
「ま、魔物だ! 屍蔓に取り憑かれた成れの果てだ! 殺せ! 早く殺せよ!!」
異常なまでの動揺を見せる案内役に不信感を抱きつつ、篤司は正面の「影」を凝視した。
影——智樹は、一ヶ月以上ぶりに聞く人間の声に、ひどく怯えたように身を竦めていた。
「……ぁ、……っ……」
喉を震わせるが、言葉にならない。ずっとユキという「思念」の通じる相手としか会話をしていなかった彼の脳は、咄嗟に言語を紡ぎ出す方法を忘れてしまっていた。
その沈黙を「敵意」と受け取ったか、あるいは己の罪を隠蔽しようとしたか、案内役の冒険者の一人が魔法の礫を智樹に向けて放った。
(ユキ、……防いで!)
智樹の脳内での叫びに、彼の左腕から蔦が爆発的な速度で伸びる。
それは攻撃ではなく、智樹の身体を包み込むような「盾」の形を取った。飛来した礫は、斑入りの葉によって軽々と弾き飛ばされる。
篤司の目が、鋭く細められた。
屍蔓が、宿主を守るように動いた。さらにその異形の上空では、今にも落ちそうなほどボロボロになった、けれど確かに持ち主を追尾し続けているドローンが、赤色のランプをチカチカと点滅させていた。
「待て、……あいつは魔物じゃない」
篤司が制止するよりも早く、智樹は弾かれたように背を向け、森の奥へと駆け出していた。
その足取りは人間離れして軽く、一瞬で木々に紛れてしまう。
「追うぞ。……話を聞く必要がある」
篤司は背後の隊員たちに短く命じると、単身、その「緑の影」を追って森へと飛び込んだ。