家で作るロングステッチ

家で作る糸かがり綴じ の3本道で言う道Bの深掘り実践編。姉妹ページ 家で作るコプト綴じ とあわせて、「糸で綴じて背が見える製本」のシリーズ。

ロングステッチという言葉を初めて聞いたときは「どんなの?」になるはず。ほとんどの日本人が見たことはあるけど名前は知らない、くらいの知名度。柔らかい革表紙のトラベラーズノート風の冊子、背に糸が縦に走って見えている、あのタイプ——あれがロングステッチ。中世ヨーロッパの修道士や商人が会計簿や日記帳として使っていた質実剛健の系譜が、現代の手製本・文房具カルチャーで復活している。

ロングステッチって何

構造の絵解き

折丁を表紙の背直接縫い付ける。糊は使わない。糸は折丁の背の折り目から出て、表紙に開けたスリット(縦の切り込み)か穴を通り、また次の折丁の背に戻る——この動作を繰り返すので、表紙の外から見ると糸が縦に何本か走っている。この「縦に走る糸」がlong stitch(長いステッチ) の名前の由来。

コプト綴じとの一番大きな違いは、コプトは折丁同士を繋ぐのに対し、ロングステッチは折丁と表紙を直接繋ぐこと。コプトではチェーンステッチで折丁の連結を作るが、ロングステッチでは表紙がそもそも全折丁を受け止める役を果たすので、折丁同士は糸で直接結ばれない。

使う紙・糸・表紙

表紙は柔らかくて丈夫な素材——伝統的には羊皮紙や薄い革、現代では厚めの紙・クラフト紙・布貼り厚紙・バッキング付きの革など。糸は丈夫なリネン糸・麻糸・ワックスコードが定番で、外から見える糸なのでここも意匠の一部。

何が嬉しいのか

  • 糊を使わない — 工程が少ない。背固めも表紙貼りもなし
  • 180度開く — コプトほどではないが、ほぼフラットに開く
  • 表紙に縫い付けるから強度が高い — 折丁が表紙から外れにくい
  • 糸が外から見える装飾性 — 綴じ目のパターン自体がデザインになる
  • 柔らかい表紙で携帯性がいい — 旅のノート・日記帳・スケッチブックに向く

革や布を使わなくても、家にある厚紙+リネン糸で最小構成が組める。尚樹さんが手製なんちゃって無線綴じ本でチップボールをまだ買っていなければ、百均のクラフト紙厚紙でも一冊成立する軽さ。

中世ドイツの帳簿から

ロングステッチは14世紀ごろのドイツで広く使われた製本技法で、リンプ・バインディング(limp binding、柔らかい表紙の製本) の一種。

質実剛健の系譜

当時の用途は、現代の我々が「書籍」でイメージする立派な本ではなく、むしろ会計簿・在庫台帳・修道院の日記・商業文書長期保管の豪華本はハードカバーの糸かがりで、日常使いの記録帳はロングステッチ、という使い分けがあった。

なぜロングステッチが選ばれたかというと、

  • 糊を使わないので気候変動に強い(当時の糊は膠で、湿度で劣化しやすい)
  • 柔らかい表紙で携帯しやすい
  • 糸が切れても修理しやすい
  • 開きがフラットで記帳しやすい

という実用性が揃っていたから。質実剛健で長く使えるのが中世ロングステッチの本質で、現代のトラベラーズノートの美学が実は数百年の歴史を踏んでいる、と思うと一冊の重みが違ってくる。

ロングステッチ+リンクステッチという派生

14世紀後半〜15世紀にはlong and link stitch(ロング・アンド・リンクステッチ)という発展型が登場する。表紙への縫い付けに加えて、折丁同士の結合(リンクステッチ、コプトに近い発想)を組み合わせた複合技法で、帳簿の丈夫さ+構造的な安定を両立させた。博物館収蔵の中世写本にこのタイプが多い。

現代ロングステッチの2方向

20世紀後半〜21世紀のアートバインディング界では、ロングステッチは2方向に拡張されている。

  • 質実剛健の延長 — 革・リネン・クラフト紙を使ったトラベラーズノート風、用途は日記・スケッチブック・文房具
  • アート寄りの発展 — 糸の色・パターンを自由にアレンジし、綴じ目そのものを絵にする方向。斜めステッチ、クロスステッチ、複数色の糸を編み込むなど。ドイツ・米国のブックアーティストが牽引

尚樹さんが惹かれそうなのは質実剛健ルートだろうか。ただ一度手順を覚えると、綴じ目の遊びは無限に広がるので、入口としては普通のロングステッチから入るのが王道。

構造の2タイプ

ロングステッチの表紙には2つの流派がある。どちらを選ぶかで見た目と難易度が変わる。

スリット派(切り込みタイプ)

表紙の背に縦の切り込みを入れ、その切り込み越しに折丁を縫い付ける。中世ドイツの伝統はこちら。

  • 糸は切り込みの内外を行き来するので、縫い目は長いダッシュ(----)のように見える
  • 切り込みの幅が全体の印象を決める
  • カッターで切るだけなので表紙加工は簡単

穴派(パンチホールタイプ)

表紙の背に穴を開ける。折丁の穴と表紙の穴を通して糸を走らせる。

  • 糸は点と点の間を走るので、短い線分の連なりに見える
  • 穴位置をどう配置するかでパターンがデザインできる
  • 目打ちで穴を開けるだけでいい

最初の一冊はどちらでも同じくらい簡単。見た目の好みで選んでいい。スリット派のほうが糸の見える面積が大きい(=糸色が主張する)、穴派のほうが表紙の輪郭が主張する——この違いを踏まえて好きなほうで。

揃えるもの

コプト綴じと似た軽装備。無線綴じの道具はここでも出番なし。

紙・表紙まわり

  • 本文の紙 — A4・A5を二つ折り。折丁数は4〜6がちょうどよく、コプト綴じより少なめでも絵になる
  • 表紙の素材 — 以下から選ぶ
    • 厚めのクラフト紙(0.3〜0.5mm)— 百均・画材店、入門には最適。ハサミやカッターで切れる
    • チップボール(1mm厚)— 芯として使い、外側に布や和紙を貼る
    • 薄手の革(2mm以下)— 質実剛健の本流。レザークラフト店で端切れを買うと安い
    • ナチュラル布貼り厚紙— 布の風合いを出したいとき

家で最初の一冊を作るなら、厚めのクラフト紙一枚がおすすめ。穴あけもカット加工も軽く済む。

縫うための道具

  • 綴じ糸リネン糸・麻糸・ワックスコードが伝統的。太めの麻紐(2mm前後)だと中世風、細いリネン(1mm以下)だと現代風。本の高さ × 折丁数 × 3〜4 くらいの長さ
  • — 製本針・ふとん針・刺繍針。糸が太くて折丁との穴径が大きいと普通の針でOK
  • 目打ち — 折丁の背と表紙の穴あけに。コプト・和綴じと同じ
  • カッター・定規 — 表紙のスリット(切り込み)を入れる用。穴派なら要らない
  • ダブルクリップ — 穴あけ時の仮止め
  • ヘラ — 折り目をしごく

あってもいいもの

  • ビーズワックス・蜜蝋 — 糸の滑りをよくする。長い糸を通す動作が多いので地味に効く
  • カッターマット — 表紙の切り込み用。時刻表でも代用可

家で作る最小構成の手順

厚めのクラフト紙+リネン糸+折丁4つで一冊作る流れ。

1. 折丁を作る

A4を二つ折りして3〜4枚重ねる、を4セット。折り目をヘラでしごく。糸かがり・コプト綴じと同じ。

2. 表紙を切り出す

本文を合わせた厚みを測る。表紙の大きさは:

  • 高さ — 本文の天地+5mm(少し大きめ)
  • — 前表紙+背幅+後ろ表紙 の3枚分を一枚続きで取る
  • 背幅 — 折丁を重ねた厚みに1〜2mm余裕を足した値

クラフト紙を一枚の長方形に切り出して、前表紙・背・後ろ表紙の折り目2本をヘラで軽くしごく(まだ折らない。位置の目印)。

3. 背に穴 or スリットを入れる

スリット派

  • 背の中央(3枚のうち真ん中のパーツ)に、折丁数だけスリットを入れる(折丁4つなら4本
  • スリットの長さは本文の折丁の背の穴間隔に合わせる——たとえば折丁に3つの穴を開けるなら、スリットは一番上の穴と一番下の穴の間の長さ
  • カッターで縦に切り込みを入れる

穴派

  • 折丁と同じ穴位置で背に穴を開ける
  • 折丁ごとに3〜4個の穴、折丁が4つなら計12〜16個の穴

4. 折丁に穴を開ける

折丁の背(折り目の谷)に、表紙のスリット/穴位置と揃えて3〜4個の穴を開ける。テンプレートを一枚作って全折丁に使い回すのが効率的。

5. 縫う

一番内側の折丁から始める。糸を折丁の中央の穴から外へ通し、表紙のスリット(穴)を通し、次の折丁へ。一折丁ずつ表紙に縫い付けていくイメージ。

  • 折丁Aを縫う:穴1→スリット1→穴2→スリット2→穴3
  • 糸は表紙の外側を長く(スリットや穴の間を縦に走る)
  • 折丁Aが終わったら折丁Bへ。天地の穴で折丁Aの糸に軽く絡めると安定する(これがロング+リンクステッチの入口)

文字だと伝わりにくいので、Sea LemonのYouTube動画「long stitch bookbinding」 が最適。5分で全容が掴める。

6. 閉じて愛でる

表紙をパタンと閉じると、背に縦の糸線が並ぶのが見える。革や布の表紙ならそこに質感が加わり、商業文房具に見劣りしない一冊になる。

つまずきポイントとコツ

スリットの長さを間違えて糸が張れない/緩む — 一番つまずきやすい。スリットは折丁の最上部穴〜最下部穴の間隔に正確に合わせる。長すぎると糸が緩む、短すぎると折丁がねじれる。試し縫いを紙で一度やるのが結局早い

糸が切れる/毛羽立つ — 長い糸を通す動作が多いので摩擦の蓄積が効く。蜜蝋・ワックスを糸に通すだけで体感が違う

表紙がヘタる — 厚みが足りないとき。1.5mm以上を目安にするか、クラフト紙2枚を貼り合わせる

折丁がずれる/斜めになる — 穴位置のテンプレート徹底。全折丁+表紙に同じテンプレートを使う

最初の糸の始末・最後の糸の締めが緩む — コプト綴じと同じ事故が起きる。最初は穴の外から内に通して結び目を内側で作る、最後も折丁の内側で2重に結ぶ

穴派で糸が短い線分にしか見えず地味 — 穴の間隔を変える、穴を増やして複雑なパターンを作る、で印象が変わる。穴派は穴の配置がデザイン

次の寄り道

長さと本数で遊ぶ

スリットや穴の配置を変えると、背の表情がまったく変わる。糸がクロスするジグザグに走る斜めに走る、など。中世の写本は意外と規則正しいので、ここは現代バインダーの遊び領域。

ロング+リンクステッチへ

折丁間の糸をもう一段絡めるだけで、構造強度が一段上がる。コプト綴じの発想と融合させる形——姉妹ページ 家で作るコプト綴じ の技法を知っていると理解が速い。

革表紙への挑戦

クラフト紙で形が作れるようになったら、薄手の革表紙へ。レザークラフト店で端切れを買えば安く始められる。革は針で穴が残るので菱目打ち(レザークラフト道具)を使うと綺麗——ただし家にある目打ちでも粗めのラインなら出せる。ヌメ革は経年で色が深まるので、長く使うノートに合う

トラベラーズノート化

背表紙にゴムひもを通すとMIDORIトラベラーズノート風の中身交換構造に。外側の表紙と内側の本文を分離できてリフィル式にできる。日記・旅ノートとの相性が最高

現代ブックアート系

ドイツ・米国のブックアーティストの作例を眺めると、ロングステッチは綴じ目そのものがアートとして展開されている。iBookBinding のチュートリアル集や Instructables の作例が入口

ロングステッチのお供

日本語の解説

日本語の専用解説は少ないが、革製本・レザークラフトの文脈でいくつか。

  • スチームパンク大百科S「目指せ洋書革装丁のマイ図書室!」 — アンティーク装丁の視点からロングステッチを解説、雰囲気が掴める
  • 国立国会図書館「第四章 製本と装丁(インキュナブラ)」 — 西洋製本の歴史的背景、中世の製本について

英語圏の情報源(豊富)

  • Long-stitch bookbinding(Wikipedia英語版) — 技法の全体像、歴史、バリエーション
  • The Metropolitan Museum of Art「How Long Is Your Stitch?」 — メトロポリタン美術館によるロングステッチ解説
  • iBookBinding「Top 10 Long-Stitch Bookbinding Tutorials」 — チュートリアル集
  • A Step-by-Step Guide to Long Stitch Binding(ロンドンコミュニケーションカレッジ・PDF) — 図解つきの詳しい手順
  • Tigerpetal Press「Long Stitch Tutorial」 — 個人バインダーによる分かりやすい解説
  • Instructables「Long Stitch Book Binding」 — 19ステップの写真付きチュートリアル

動画(必見)

  • Sea Lemon(YouTube) — “Long Stitch Bookbinding Tutorial”。英語だが手元の動きだけでわかる
  • Adventures in Bookbinding「Long and Link Stitch Binding」 — 中世写本にインスパイアされた長編動画

革・糸・厚紙の調達

  • レザークラフト.jp・クラフト社 — 薄手の革の端切れ、菱目打ちなど
  • 手芸店(ユザワヤ・オカダヤ) — リネン糸・麻糸・ワックスコード
  • 世界堂・Too — 厚紙、クラフト紙
  • まるみず組 — 製本用の本格的な糸

ソース

最終リンク確認: 2026-04-21(大手除外)