家で作る糸かがり綴じ

手製本の地図 で示した3本の道のうち、「糸かがり/ルリユール」方向の最初の一歩。家で作る和綴じ の姉妹ページで、こちらは西洋式の骨格を家で組む実践編。和綴じが「表紙と本文を一緒に貫く」一発完結型だったのに対して、糸かがり綴じは折丁(おりちょう)を作る → 折丁を糸で縫う → 背を固める → 表紙を合わせるの多段工程。工程が増える代わりに、開きが良くて長持ちして、商業本と同じ構造になる。

嬉しいのは、無線綴じで揃えた道具がそのまま再登板すること。クランプ・板・クッキングシート・木工用ボンド・ミニアイロン・カイちゃん(段ボールカッター)の出番がちゃんとある。和綴じよりも「なんちゃって無線綴じからの自然な進化」と呼ぶほうが正確で、糊だけで作った背を、今度は糸で補強するイメージで入ると一番しっくり来る。尚樹さん自身の一次的な体験記録は 手製なんちゃって無線綴じ本 に、無線綴じの汎用化された手法整理は 家で作る無線綴じ に、それぞれ別レイヤーで残っている。

糸かがり綴じって何が違うの

既に通過した2つと比べると位置が見えてくる。

無線綴じ(糊だけ)との違い
背を固めるのは糊、という骨格は同じ。違うのは糊の前に糸で折丁同士を繋ぐ工程が入ること。糊だけだと経年で背割れしやすいが、糸で折丁が連結されていれば糊が劣化しても本はバラバラにならない。「なんちゃって」の次の段階として原理的に一貫している。

和綴じとの違い
和綴じは紙を重ねて横から貫通させる。糸かがり綴じは紙を折って作った折丁の背を糸で縫う。結果、和綴じは背が平らで柔らかい(糸は横に見える)、糸かがり綴じは背が丸くも角くも整形できて、糸は背に隠れる(or あえて見せる)。

折丁という考え方
これが尚樹さんにとって一番新しい概念になるはず。紙を数枚まとめて二つ折りにした束を「折丁(signature、シグニチャー)」と呼び、これが本を構成する最小単位。二つ折りの谷側がになり、ここを糸で縫う。1冊は何個もの折丁を積み重ねて作る。

たとえばA4の紙を二つ折りにすれば、折った内側は4ページ分(片面A5×2面の両面)になる。3枚重ねて折れば12ページ分の折丁が1つできる。これを10個重ねれば120ページの本。折丁の数×折丁1個あたりのページ数で本の厚さが決まる、という設計の入り方が今まで違う。

開きと耐久性
糸で縫われているのでページを180度開いても破れにくい。折丁単位で糸が通っているので一部のページが破れても全体はバラバラにならない。100年単位の耐久を前提にできるのが糸かがり綴じの骨格。

揃えるもの

紙まわり

  • 本文の紙 — A4・A5を家のプリンタで刷ったものを二つ折り。面付けは無線綴じのときと同じ悩みどころで、折丁単位の面付け(面つけ順序が無線綴じと違う) が一段難しくなる。ここもLLMに頼むのが早い
  • 表紙の厚紙 — 1〜2mm厚のチップボール(画材店・百均)。段ボールの平らな部分で代用するなら、波形の目が背と平行になる向きで切る
  • 表紙を包む紙 or 布 — 和紙・包装紙・薄手の綿布・懐紙を貼り合わせたもの、など。尚樹さんが使っていたEPSONスーパーファイン紙もここに応用可

縫うための道具

  • 綴じ糸 — 麻糸・リネン糸・木綿糸が伝統的。なければ刺繍糸を3〜4本どり、あるいはボタン付け糸(丈夫なもの) でも代用可。本の高さの3〜6倍を用意
  • — 製本針がベストだが、ふとん針・刺繍針で代わる。先端はそこそこ鈍くて大丈夫(穴はあらかじめ開ける)。慣れたらカーブ針があると複雑なかがりがラクに
  • 目打ち — 和綴じと同じく錐・千枚通し・百均の目打ちでOK
  • ヘラ(ボーンフォルダー) — 折り目をピシッと付ける道具。なければ定規の角・スプーンの柄・プラスチック製のカードで代用可。折り目の鋭さは仕上がりの見栄えに直結するので、代用でもいいから何か堅いものでしごくは省かない

無線綴じから再登板するもの

ここが糸かがり綴じの嬉しいところ。

  • クランプ2個と板2枚 — 背を固めるとき、折丁を束ねて背を揃えて挟む。無線綴じと同じ構成
  • 木工用ボンド or スティックグルー — 背固めに使う。無線綴じで使ったやつをそのまま
  • ミニアイロン・クッキングシート — スティックグルー派なら同じ手順で
  • カイちゃん(段ボールカッター) — 糊の食いつきを良くするために背の繊維をほぐす、という無線綴じの技がここでも有効。糸で縫ったあとで背に軽くかける
  • ダブルクリップ — 折丁の穴あけ時に紙束を仮止め

無線綴じの8時間の経験がそのまま活きるのが、和綴じには無かった特典。「道具の第二章」という感触で入ると楽しい。

表紙まわり

  • カッター・定規・鉛筆 — 厚紙を直角に切る
  • 刷毛 or 筆 — ボンドを薄く均一に塗る。百均の水彩筆でOK
  • 重し — 貼り合わせたあとの圧着用。本が何冊かあればそれで足りる

折丁を作る(ここが新しい)

糸かがり綴じの核心。紙を二つ折りにして、数枚重ねて1折丁にする。

折り方のコツ

  • 面付けしたA4を短辺で二つ折りにする(A5サイズの折丁になる)
  • 折り目はヘラでしっかりしごく。折り目が甘いと折丁の厚みがブレて背が揃わない
  • 1折丁あたりの紙枚数は3〜5枚が無難。厚くしすぎると折り目が甘くなり、薄くしすぎると折丁数が増えて縫いが面倒になる
  • 全折丁を同じ枚数で揃える。最後の折丁だけページ数が合わなくて薄い、みたいな事故を避けるため、面付け段階で調整する

折丁を並べて背を揃える

完成した折丁を順番に重ね、机にトンと背を当てて揃える。無線綴じの「背を揃えて板に挟む」と同じ動作。

綴じ方の選択肢(3本道)

家で完結させる範囲でも、入口は複数ある。最初の一冊として選ぶなら以下の順で検討するのがおすすめ。

道A:コプト綴じ(背固めなし、最速入門)

最古の製本方法(2世紀ごろ〜)で、背固めも背紙貼りもない。折丁と表紙を一気に糸(チェーンステッチ)で縫い上げて完成。工程が一番少なくて、180度完全に開くのが特徴。糸が背に鎖状に並ぶのが装飾にもなる。無線綴じで使ったクランプ・ボンドは出番なしだが、代わりに工程がシンプル。「まず糸で綴じるという体を覚える」用に最適。詳しい実践手順は 家で作るコプト綴じ へ。

道B:ロングステッチ(背が見えるタイプ)

これも背固めなし。表紙に縦の切り込みを入れて、折丁を縫う糸がその切り込みを通り、外から縫い目が見えるデザイン。革表紙のスケッチブックなどで人気。コプト綴じより少し装飾性が高く、でも工程はコプトと同じくらい軽い。中世ドイツの帳簿に起源を持つ質実剛健の系譜。詳しい実践手順は 家で作るロングステッチ へ。

道C:フレンチリンク+くるみ表紙(王道の西洋式)

折丁同士をフレンチリンクステッチで綴じ → 背を糊で固め → 別に作った表紙を接着(くるむ)。無線綴じの道具が全部活きるのがこのルート。工程が多い分、完成時の「商業本に近い佇まい」は一番。「なんちゃって無線綴じの進化版」として一番しっくり来るのはこれ。

どれから始めるか

「糸で綴じる」の体を覚えるなら道A(コプト) が速い。無線綴じの延長として馴染ませるなら道C(フレンチリンク) が自然。どちらから入っても次に進めば全部の型が見えるので、好みで。以下は道C(フレンチリンク+くるみ表紙) の手順を詳述する。コプト・ロングステッチは最後の「次の一歩」で触れる。

基本の縫い方(ケトルステッチとフレンチリンク)

糸かがり綴じの語彙はだいたい2つ覚えれば足りる。

ケトルステッチ — 折丁の天(上)と地(下)の両端で、次の折丁に乗り移るときに前の糸に絡めて結び目を作るテクニック。これをサボると糸が緩む。「やかん(kettle)結び」という説もあるが語源は諸説。要は端で結んで次へ行く

フレンチリンクステッチ — 折丁の中間の穴では、前の折丁の糸の下をくぐらせてから次の折丁へ進む。これで折丁同士が糸でリンクする。テープを使わずに折丁を連結できる。

手順の流れ

  1. 折丁の背に5つの穴を等間隔で開ける(天地両端+中間3つ)。テンプレートは和綴じと同じく一度作って流用
  2. 一番下の折丁を開いて、糸を中から外へ通し始める
  3. 穴ごとに外→内→外と通しながら、次の折丁に移る
  4. 折丁の天地ではケトルステッチで結ぶ
  5. 中間の穴ではフレンチリンクで前の折丁の糸にくぐらせる
  6. 最後の折丁まで縫い終わったら、余った糸を内側で結んで切る

文字だと混乱するので、YouTubeの「French link stitch bookbinding」動画を一本見るのが決定的に早い。下のソース欄に挙げた Talas の解説ブログと動画のセットが分かりやすい。

糸の長さの目安
本の高さ × 折丁数 × 2 くらい。短すぎると途中で継ぎ足す羽目になり、継ぎ目は構造的に弱くなる。長すぎるぶんには後で切ればいいなので、ケチらず長めに。

背固めと表紙付け(くるみ簡易版)

縫い終わった本文ブロックを、無線綴じと同じ要領で背固めする。

背固め

  1. 折丁を縫った状態のブロックを、板2枚で背が5mmほど出るようにサンドイッチ
  2. 両脇からクランプでしっかり固定
  3. カイちゃんで背を軽く毛羽立てる(糊の食いつきを良くする、無線綴じと同じ)
  4. 木工用ボンドを薄く塗る。厚塗りすると乾いたときに硬くなって背割れするので薄く2回が鉄則
  5. 乾くまで数時間〜半日クランプで押さえる

スティックグルーをヘアアイロンで溶かして使う無線綴じ流もそのまま使える。ただし糸かがりは糸が主役なので、糊は補助と割り切って薄く。

表紙を作る

  1. 本文ブロックの天地と小口(綴じ側の反対)を測る
  2. 厚紙を2枚(表と裏)と、背用の細長い厚紙を1枚切り出す
  3. 表紙布(or 和紙)を一回り大きく切り、厚紙3枚を並べて貼る。厚紙と厚紙の間は厚紙1枚分の隙間を空けると背が曲がる余地ができる
  4. 布の四隅を斜めに切り落としてから、内側に折り込んで糊付け
  5. 表紙の内側に見返し(白い紙か和紙) を貼ると体裁が整う

本文と表紙を合わせる(くるむ)

  1. 表紙を開いた状態で内側に本文ブロックを置く
  2. 本文の一番上と一番下のページ(見返し相当)に木工用ボンドを薄く塗る
  3. 表紙を閉じて圧着。重しを乗せて乾燥

これで一冊完成。愛でる

つまずきポイントとコツ

無線綴じと和綴じの経験があれば、新しくつまずくのは糸かがり特有の部分に集中する。

折丁の厚みがバラバラ — 1折丁あたりの紙枚数を揃える、折り目をヘラでしっかりしごく、の2点で防ぐ。折り目が甘い折丁は厚く見えるので、しごき直すだけで改善することも

穴位置が折丁ごとにずれる — テンプレートを作って全折丁を同じテンプレートで開ける。個別に開けるとズレの累積で背が歪む

ケトルステッチが緩む/締まりすぎる — 結び目を作る瞬間に糸が緩んでいると次の折丁で引っ張られて動いてしまう。締めすぎると紙が波打つので「ピンと張るけど紙が変形しない」のギリギリ

フレンチリンクで糸がよじれる — くぐらせる方向を一定にする(常に上から下、など)。途中で裏返ると全体がよじれてくる

背が丸く盛り上がってしまう — 糸の張りが均等でないとき発生。クランプで背固めするときに板で背を軽く叩いて平らに整える(バッキングという工程)。本格的にはプレスと金槌でやるが、家なら指と板で十分

表紙と本文の位置がずれる — くるむときは見返しの上下を慎重に合わせる。一度ずれると直せないので、位置決めに時間をかける。マスキングテープで仮止めしてから糊付けすると安全

ボンドがはみ出して背以外に付く — 無線綴じで慣れているはずだが、糸かがりの場合は糸の上に糊が乗ってガチガチになると柔軟性が失われる。糸が見えなくなるくらい塗ればOK、それ以上は塗らない

次の一歩

フレンチリンク+くるみ表紙が一冊できると、次の寄り道が見えてくる。

コプト綴じ — 背固めなし、表紙も一緒に綴じる方式。チェーンステッチが背に並ぶ意匠性。道具が減る分シンプル。2冊目以降の軽量バリエーションとして → 家で作るコプト綴じ

ロングステッチ — 表紙の切り込みから糸が見える装飾性。革表紙やクラフト紙と相性がよい → 家で作るロングステッチ

ハードカバー化(上製本) — くるみ表紙の厚紙を厚くして、角を丁寧に処理すれば商業上製本に近づく。花布(はなぎれ)・栞紐を追加すると一気にそれっぽく

ルリユール(工芸製本)手製本の地図 で触れた本格工芸の世界。糸かがり綴じは土台の一部で、ここから先は背紙貼り・革装・金箔押し・装飾と工程が増える。池袋のルリユール工房が2024年から未経験者受講可になったので、本格的に進みたいときの入口

家で完結する範囲を超えたい気持ちが出てきたら、そこが教室に通い始めるタイミング。「家で一冊作った経験」を持って工房に入ると、最初から得られるものが違うはず。

糸かがり綴じのお供

手順を追うなら(動画・解説)

  • Talas「Binding a Simple French Link Stitch Book」 — 米国の製本材料店による英語解説。図解が豊富でフレンチリンクの基本を押さえるなら決定版
  • 東京都立図書館「テキスト10 糸綴じ」(PDF) — 公共図書館の資料保存研修テキスト。原典寄りの信頼できる手順
  • ふくろう絵本屋「製本手順(糸かがり綴じ)」 — 個人絵本作家による実作記録
  • note「はじめて糸綴じで製本してみた」(高村芳) — 初めての人の視点で書かれた試行錯誤の記録

本で読むなら

  • 『美篶堂とつくるはじめての手製本』(河出書房新社) — 糸かがり綴じの章が充実。和綴じページでも挙げた入門書の両横綱のひとつ
  • 『いちばんわかる手製本レッスン』(誠文堂新光社、製本工房リーブル代表監修) — 技法網羅型で、フレンチリンク・コプト・ロングステッチまで図解

紙・糸・表紙材を買うなら

  • まるみず組(通販)— 製本用の絹糸・麻糸、チップボール、製本針、表紙クロスまで一通り揃う
  • 美篶堂オンラインショップ — 製本キット、製本材料、書籍
  • ユザワヤ・オカダヤなどの手芸店 — リネン糸・刺繍糸・表紙布は手芸店のほうが色が豊富
  • 画材店(世界堂・Too) — チップボール、刷毛、カッターマットなど表紙まわりの材料

ワークショップで一度見るなら

  • 美篶堂(御茶ノ水)・製本工房リーブル(水道橋)・空想製本屋(小金井)— 1日ワークショップで糸かがり綴じを実地で覚えられる。独学で引っかかった一点だけを聞きに行く、という使い方もあり(詳しくは 手製本の地図

ソース

最終リンク確認: 2026-04-21(大手除外)